第8話恋物語の第一歩

体育祭から数日。

彼らはいつもの4人のメンバーで遅めの打ち上げを行っていた。

カラオケ店の個室で曲を入れることなく、大量のお菓子をテーブルの上に広げて騒いでいた。

ポテチを頬張りながら雄也はあの時の光景を思い出す。


「にしてもあの影武者誰だったんだろうな」

騎馬戦で与太郎たちの前に立ちふさがったリサの存在は誰にもバレていない。

知っているのは痛い目を見た彼本人のみ。



「…思い出させるな」

あの時、思いっきりアッパーを喰らった与太郎は情けなくも気を失ってしまった。

終えた後に文句を言ってやろうとリサに電話をかけると、


   『ごめんごめん、ノリで』

ノリでグーで殴る女子がいてたまるか、と大声でツッコミを入れていた。


とはいえあの体育祭は大成功と言える。

これでより与太郎と雄也の悪名が広まったのだから。




「ほんっと、ギリギリ退学にならないようなことをさせたら天才的よね」

葵の関心は決して褒めてはいない。

自宅謹慎、停学はあっても絶対に退学にならない程度で留めている。




「そうだ、今度の休み遊園地行こうぜ!」

「どうしよう、雄也の口からメルヘンな単語が出てきた」

実際のところこうやって遊びの提案をしてくれるのはいつも雄也だ。

唐突に言ってくることももう皆慣れてしまっていた。


「遊園地かぁ、もうしばらく行ってないなぁ」

天井を見上げながら前にいつ行ったかを思い出している美佐。

いつも近場なため、たまにはいいかもしれないと一同は賛成する。


もしかするとチャンスかもしれない。


「お化け屋敷は私苦手だなぁ」

そう言いながらテーブルの真ん中の方に置いてあるジュースに口を付ける美佐。

真横に座っている葵がその行動に指を挿した。


「あ、それ与太郎のジュース」

「ふぇっ!?」

美佐は手前にお菓子を置いていたため、間違えて与太郎の飲んでいたのに手を出してしまった。

慌ててもとの場所に戻し、俯く彼女の耳は周りが気づくほど真っ赤だった。


「ご…ごめんね、加嶋君」

「あ、あぁいや、全然…」

間接キスを異常なまでに意識してしまうお年頃。


本当にチャンスが来たのかもしれない。

与太郎は心に決めた。

週末の遊園地、この気持ちを美佐に伝える。



チラリと彼女に戻されたグラスに視線を向ける。

美佐が飲んでしまったとはいえあれは与太郎の飲み物。

彼は生唾を飲んで手を伸ばす。


「んじゃこれは私がもらうね~」

「おほっ!」

空振った与太郎の手、阻止したのは葵だ。

ストローに口を付けながら葵は眼だけで彼に伝えた。


「(世の中そんなに甘くないよ)」


この女の勘の鋭さを甘くみていた与太郎だった。








帰りに気分を躍らせながら喫茶リトライへとやってきた与太郎。

飯田リサがいるかもしれないが、今日は何があっても許してやれそうである。

それくらい上機嫌。



「俺、遊園地行くんだ!」

「常に頭の中遊園地でしょ」

「あぁ!?」

「あぁ!?」

やっぱり二人の言い争いは避けて通れなかった。


怒りを抑えて窓の外を眺めながら与太郎は呟いた。


「そして俺は彼女に告白する」

「ちょっと言い方をこれに変えてみて」

「ん?」

リサはメモ帳を破り文字を書いて与太郎に渡す。



「週末の遊園地、生きて帰れたら彼女に告白しようと思うんだ」

「…」

「フラグにしか聞こえねぇ!!」

「きっと…生きて帰ってきてね」

「やめてっ!」

そんな二人のやりとりをカウンターにいる雪が笑っていた。


実のところ彼はうまくいく自信がある。

男の中でも美佐との距離は一番近い彼、ただ問題なのは伝える言葉とシチュエーション。

できれば人ごみは避けたい。

そして誰かに告白するのは初めてで、どう伝えればいいか悩んでしまう。



「ちょい、アタシに言ってみ」

「…え~」

練習台になってくれるようだが、相手がリサでは全く気持ちが入らない。

大きくため息を付いた彼女は席を立つ。



「どうかしたの、加嶋君?」

「ぶっ!」

一瞬で仮面を被るリサ。

一度だけ彼女は美佐と会ったことがある、たったそれだけで完全コピーしていた。

いつもの乱暴さがない、美佐のように優しい雰囲気がにじみ出ている。


心に決めた与太郎はリサの前に立つ。


「お、俺さ、栗山の事が…」

「うん」

穢れの無い笑顔で彼の言葉を待ってくれる美佐(リサ)。


「す…好きだ、よかったら付き合って欲しい」

「黙れゴキブリ、鏡見て出直して来い」

「…」

爽やかな顔で心を折られた与太郎だった。



「お前に言った俺がバカだった…」

「だろうね」

しかし彼の気持ちはそのくらいじゃ揺るがない。

必ず想いを伝えると決めた。

席に着きいつもの表情に戻したリサはいたずらな少年のような笑みを浮かべて言った。


「まぁダメだったら大声で笑ってあげる」

「やめてっ!」

この女にだけは絶対に報告はしない、と彼はそう決めたのであった。








休日だけあって入り口前は人が多かった。

与太郎の横には雄也、前では美佐と葵がパンフレットを見ている。


「なぁ太郎」

「なんだ」

「俺パンダが見たい」

「友よ、それは動物園だ」

男同士だけでは会話が弾むわけがなかった。


「ねぇ加嶋君っ、夜に花火上がるんだってっ」

今日という日を楽しみにしていたのか、いつも以上に美佐ははしゃいでいた。

裾を引っ張るその仕草が与太郎の心臓の鼓動を早めた。


「お、おう、楽しみだな」

「あ…ご、ごめん、ついはしゃいじゃって…」

「あ、ああ、いや全然…」

顔を赤くして俯く二人。

それを見ていた葵は雄也に、


「ねぇ、私が山にあれしたらどう思う?」

「顔を青くする」

「だよね」

純粋すぎる与太郎と美佐に付いていけない二人だった。



夜に花火、まるで彼のために用意されたようなイベント。

これまで踏み出せなかった一歩。



加嶋与太郎は今日、栗山美佐に告白をする。


「(そして始めるんだ、俺の恋物語を)」

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