第7話彼らの体育祭

「与太郎」

「呼び捨てかよ」

土曜の休日、与太郎の予想は外れていた。

さすがに休みの日にリサがリトライに来ることはないだろうと思っていたのだが、彼が足を踏み入れた時にはもうすでに彼女はいつものテーブル席に腰を下ろしていた。

恋人でも友人でもない彼はカウンター席に座る。

他人との距離を保ったつもりだが、店自体が狭いため今のようにその場から簡単に声をかけることができる。


「んだよ」

「お願いがあるんだけどさ」

いつもは命令してくるはずの彼女がお願いとは、来週の体育祭の天気が心配である。


「上半身全部脱いで」

「何言ってんだ…、このメスゴリラは」

「…お願い、大事なことなの」

顔を赤らめて俯くリサ。

見たことのない表情に彼は言葉を失う。

カウンターの向こうでは二人のやりとりをニコニコしながら観察している雪がいた。


「…」

大事なこと、と彼女は言った。

与太郎は考える。

もしかしたら男性の裸で何かを思い出すかもしれない、そういうことなのだろうか。


「いいだろう」

これでも彼はなかなかの筋肉質だ。

立ち上がって上着を脱いでいく。


「これでいいか?」

「あと、少しベルト緩めて」

「ん、こうか?」

言われた通りにしていく与太郎。

そしてリサはスマホを構えてこう言った。



「オッケもういいわ、その無様な格好戻していいわよ」

「…」

「この写真、ばら撒かれたくなかったら」

「…」

「ちゃんとこの店来いよ、ゴミクズが」

「このアマゾネス!!」

上半身裸、そしてズボンのベルトまで緩めた姿を撮影されてしまった。

というよりも弱みを握られる写真を彼自身で作り上げたようなものだった。




朝食を取り、与太郎はさっさと店を出て行った。

特にやることもなければ家にもいたくないリサは退屈そうにスマホをいじりながら時間を潰していた。


「はい、紅茶のおかわり」

「ありがとう」

雪の友人の娘というだけあっていろいろと気を使ってくれる。


「そういえば、与太郎君の学校で体育祭があるのって来週だったかな?」

「体育祭?」

記憶喪失といってもそれくらいのことは今の彼女にでもわかる。


ストレスの溜まる毎日、退屈な日常。

羨ましい、なんて言葉は出てこなかった。


出てきた言葉は…。


「面白そうじゃない」


リサは笑みを浮かべ、彼の通う高校の名前を呟きながら再度スマホを触りだした。








成大高等学校体育祭。

ごく普通の赤組と白組に分かれて競い合うイベント。

だが与太郎と雄也にはそんなチーム分けなどどうでもよかった。


教師達から完全にマークされている問題児の二人。

開催前に身体検査をするほど警戒していた。



リレーが終わり、玉入れで盛り上がり、今のところは何事もなくプログラムが進んでいた。


「めずらしいじゃん、何もしてないなんて」

「葵か」

与太郎がクラスの持ち場で座っているとリレーを終えた葵が腰を下ろす。


「さすがにあそこまで警戒されていたら何もできないか…」

「ふ、甘いぞ東田葵よ」

そこでタイミングよく雄也が戻ってくる。


「隠しているのはバレていなかったぞ」

「そうか、ごくろう」

この二人が大人しくしているはずがないのだ。


「俺と雄也は昨日の夜から動き出していたのだよ」

二人は昨晩夜の学校に忍び込んで準備をしていた。


最初からマークされることなどわかっていた。

だからこそ彼らが動き出すのは一番最後。

それは教師達が今年は何も起きないと安堵している時。


ただ今回は与太郎と雄也だけでは遂行はできない。

これを計画した時に共犯者を二名作っていた。





謎を抱かせたまま葵のもとを離れる。

離れるといっても教師の目があるため、わざと人が多い場所で彼らは作戦会議を開いた。


「お、おい加嶋と山田…、本当に大丈夫か?」

「さすがにやりすぎじゃ…」

計画を知っている共犯者の二人が怯えている。


「心配すんな、いざとなったら俺と与太郎のせいにすればいい」

「重いかもしれないが頑張ってくれ」

不安そうに二人はその場を去っていく。

しかしよく彼らの計画に賛同してくれたものだ。

与太郎と雄也は笑みを浮かべながら再び持ち場へと戻っていった。





「ねぇ」

「はい?え、は…はい!」

「な…なんでしょう」

それを間近で聞いていた女子が一人いた。

男子生徒二人はあまりの美しさに挙動不審になってしまう。


「今の話、詳しく聞かせてもらえませんか?」







体育祭最後のプログラム。

観客までも熱狂する種目、それは騎馬戦。

そう、彼らはこの時を待っていた。


《さ~て!プログラムも最後となりました!》

司会進行を務める男子生徒がマイクを握って叫んでいた。


《赤組大将は…ん?あれ?》

何かに気づいた司会者は机の上を探り出すが目的の物は見つからない。


《えっと…鎧武者?の登場だぁあああ!!》

しかたなくそこに書かれていた通りに進める。

当然だ、事前に問題児二人がすり替えていたのだから。



観客達が騒ぎ出す。

兵士である赤組の生徒達の真ん中を堂々と姿を現したのは鎧と兜を被った武者だった。

雄也は下側の前、共犯者の二人は後ろで腕をプルプルさせている。

そして。


「ぐわあっはっはっはっは!!」

変装して高笑いをしているのが与太郎だった。




「わっ、あれ加嶋君!?」

「…またとんでもないことをしとるな…」

観客席で見ていた美佐と葵は二人から何も聞かされていなかったため驚いていた。


「あんなの一体どこで…」

美佐の言うとおり、あんな立派な鎧と兜をどうやって手に入れたのか。


「…あれって、校長室に同じようなのが飾られていたような…」

一度だけ校長室に入ったことのある葵には見覚えがあった。


彼女の記憶が正解で、今与太郎が装備しているのは昨晩忍び込んで拝借したものだった。





観客からの熱い声援。

もうこうなってしまえば教師も止めるに止めれない。


「さぁ我が宿敵よ、現れるがいい!!」

ノリノリの与太郎だった。



《えっと…白組大将は二年五組の松本君です…》

この状況では敵陣がとてつもなく弱く感じる紹介。

鎧武者 VS 松本君。

完全に後者が名前負けしている。


そして、白組の兵士達の間から姿を現す大将。



「ぬはは!貴様が白組の大しょ…ん?」

兜のせいで視界が見づらい与太郎は眼を細めて前方から現れるその存在を凝視した。


「おいおい…なんだあれ」

土台になっている雄也が驚きの声を上げる。


敵陣の大将は与太郎が装備しているのよりもはるかに高価そうなものを纏っていた。

下になっている生徒達は必死で重さに耐えていた。



「待たせたわね、ゴミクズが」

「おほっ、その声っ」

聞き覚えのある声と言葉遣い、その正体は飯田リサだった。


「おおお、おまっ…お前、何でっ」

「アンタがやろうとしてることを知ってね、急遽家の者に持ってこさせたわ」

「そうじゃなくて何でお前がここに、いや…何で家にあるんだよ!」

もうどうツッコんだらいいかわからない与太郎だった。



「さて、首を取ったら勝ちなんだっけ」

「ハチマキですっ!」

とはいえ兜にハチマキなど着けれるわけもなく、当然彼は用意していない。


「まぁどっち取っても同じよね」

「だだだ誰かっ、ハチマキ用意してぇええええ!!!」




今年の成大高等学校の騎馬戦では、

二年五組の松本の影武者が無双したという伝説が生まれた。

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