第4話彼女と彼女の初対面
これは一体何の試練だというのか。
静かな廊下、2年3組の後ろの扉の前で与太郎は息を潜めていた。
現在9時5分。
教室の中から教師の声が薄っすらと聞こえてくる。
たまには気分を変えようとアラームの音楽をクラシックにしてみたのが失敗だった。
そのおかげで二度寝がとても最高だった。
1時限目、日本史。
担当は運も悪くこの学校で怒らせてはいけない教師トップ3に入る男。
音を立てずにゆっくりと扉を少し開ける。
姿勢を落とし、あの男にバレないように窓際の自分の席に着くことができればミッション成功。
チャンスを伺っていると一番後ろの席の美佐がこちらに気がついた。
彼女は視線を前から離さずバレないように手で<まだ来てはいけない>といった合図を送ってくる。
いいことを思いついた与太郎はポケットからスマホを取り出した。
ミッション1、囮作戦。
【教師の注意を引いてくれ】
扉側、一番前の席の雄也にメッセージを送る。
ここからでは見えないが、彼ならきっと気づいてくれると与太郎は信じていた。
「先生」
教室の前の方から雄也の声が聞こえる、やはり気がついてくれたようだ。
「なんだ」
「俺も日本の歴史に名を刻みたいのですがどうすればいいですか?」
「座りなさい」
「はい」
ミッション1失敗、彼はバカである。
一歩も先へ進むことができなかった。
次の作戦を考える。
雄也のおかしな行動のおかげで中央の席にいる葵がこちらに気がついた。
すぐさま与太郎は彼女にメッセージを送る。
【教師を魅了せよ】
それを見た葵がむせていた。
―――お前しかいない。
小刻みに首を振る彼女に強い眼差しを向ける。
「…」
「で、あるからして」
「…先生」
「なんだ東田」
静かに席を立つ葵。
やるのか、彼女はやってくれるのか。
「最近ちょっと胸の辺りがきつくて苦しいんですが…」
「気のせいだ座りなさい」
「はい」
ミッション2失敗、彼女は貧乳である。
出す内容も内容だが、与太郎の友人達もなかなかのポンコツだった。
だがチャンスは訪れた。
教師がチョークを落としたのだ。
その瞬間、美佐が慌ててこちらに手招きのジェスチャーをする。
静かに扉を開け放ち、与太郎は走り出した。
彼はこれでも足は速いほうだ、きっと間に合うはず。
「昼休み、生徒指導室にお一人様ご案内」
「…是非、優しくしてください」
与太郎の作戦は失敗に終わり、昼休みにこってり絞られた。
「大丈夫…?」
放課後、昼休みに出席簿で頭部を叩かれたところがまだ痛む。
心配そうに美佐が声をかけていた。
「…自業自得だからしかたないよ」
二度寝した与太郎が全部悪いのだ。
「あれ、葵は?」
「用事があるって先に帰ったよ」
そういえば雄也も今日はバスケ部の助っ人とかでつい先ほど別れを告げた。
こういう日もあるだろう、と与太郎はカバンを持って席を立つ。
「あ、加嶋君…」
「ん?」
「こ、この後暇かな?」
「え、あ…ああ、暇だけど…」
心臓を何かに叩かれた気がした。
「お、弟にね、誕生日プレゼント買ってあげたいんだけど…付き合ってくれないかな?」
「あ、うん、まぁよよ予定はないからいいぜ」
間違いなく予定があってもこちらを優先する。
与太郎は美佐に本気で惚れているのだから。
放課後デート。
去年も同じクラスで一緒にいたのだが、二人だけでどこかに行くというのは初めてだった。
まるで付き合いたての恋人同士のようにお互いギクシャクしていた。
だけど与太郎にはそれがとても幸せに感じた。
美佐の弟は小学生、子供が好きそうな店に入り意見を出し合う。
次第に二人は緊張がほぐれ、いつもの雰囲気で接するようになっていた。
購入したのは今アニメで人気になっているロボット物のプラモデル。
美佐の弟は毎週かかさず見ている、これが決め手だった。
「ありがとう、これなら間違いなく喜んでもらえそう!」
「だといいな」
購入した物が入っている紙袋を嬉しそうに眺める美佐。
与太郎は彼女の弟が生まれてきてくれた事に感謝した。
思った以上に早めに決まった買い物。
このまま帰るというのはできれば避けたい与太郎は辺りを見渡した。
「まだ早いし、ど…どっか寄ってくか」
「あ…う、うん、そうだね」
恥ずかしそうに下を向く美佐。
簡単にお茶でもできるようなところはないかと考える。
喫茶店リトライ。
与太郎の行きつけの店。
瞬時にその出てきたワードを打ち消した。
<あの女>が来る可能性がある。
からかわれ、バカにされることが眼に見えているため却下。
街を歩きながら彼がファミレスを提案しようとした時、スマホが鳴り響いた。
この音はメッセージではない。
<飯田リサ>
着信相手の名前を見た瞬間吹き出してしまった。
「…」
「加嶋君?出なくていいの?」
見られないようにすぐさまポケットに仕舞う。
「え~、あ~、その…知らない番号からだからいいかな…」
「…?」
長い着信。
鳴り終えた後、再びまたかかってくる。
それの繰り返し。
「緊急とかじゃない?大丈夫?」
「あ~う、うん、だだ大丈夫だろ」
奴にだけは絶対にバレたくない。
無視をしていればいずれは諦めるだろう。
着信が切れた後、次がかかってくる前にマナーモードに切り替えておく。
これで美佐に悟られることはない。
「(ふ、悪いが今はお前の相手をしている暇はない)」
与太郎は何かに勝利をしたような笑みを浮かべていた。
「あら、加嶋君ではありませんか」
「んごっ!」
そう、完全に与太郎はフラグを立てていた。
「こんな所で会うなんて奇遇ですね」
「…あ、あはは、そそそそうですね…」
現れたのは誰でもないリサだった。
存在するだけで彼女は周りを魅了していた。
リサは周りにバレないように猫を何重にも被っていた。
「あなたは確か…」
美佐は昨日、校門で彼を待ったいたリサを目撃している。
「そう!あの、俺が財布拾った桜花高校の子!」
「…」
いらぬことを言われないように先手を打つ与太郎。
「あっ、もしかしてお二人はお付き合いされてるんですか?」
「え!?」
「い、いえ今日は加嶋君に弟の誕生日プレゼントを選んでもらっていたんです」
気まずそうに下を向く美佐。
早くこの女をどうにかしないとヤバイ気がしてならない与太郎だった。
「そうでしたか、あ…私は飯田リサ、桜花高校の二年生です」
「あっ、成大高校の二年、栗山美佐です…」
「実は…」
口元に手を当てリサは呟いた。
「先ほどから知り合いに電話かけてるんですが…」
「…」
「デテクレナインデス」
「…はわわわわわ」
漏れる寸前でした。
爽やかな笑顔の中に殺意が混じっていることに気がついているのは与太郎だけだろう。
「そうだったんですね、あ…お母さんから電話だ」
「どうぞ」
リサと与太郎に背を向けて会話をし出す美佐。
彼は恐怖で横に視線を向けることができなかった。
「おい、ダンゴムシ」
「…はい」
決して笑顔を崩さず、ドスを利かせながらリサは呟いた。
「あの子に惚れてんのか」
「…はい」
リサは楽しそうに母親と会話をする美佐を眺めた。
「身の程を知れ、ミトコンドリア」
「言いたい放題ですねっ!」
あんな可愛い子、お前にはもったいないと遠まわしに言われた与太郎だった。
「ごめんなさい」
通話が終わった美佐はスマホをカバンに仕舞う。
たった1,2分がとてつもなく長く感じた与太郎だった。
「いえ、それでは私はこれで失礼しますね」
「あ、はいっ」
「…」
お辞儀をするリサにつられる美佐。
「加嶋君も」
「…」
「ゴキゲンヨウ」
「ひぃっ!」
もしかしたらちょっと漏らしてるかもしれないと、与太郎は思った。
「すごいキレイな人ですね」
「あ~、うん、そ…そうかもね」
美佐は知らないのだ、あの女の正体を。
頼むから邪魔だけはしないでくれよ、と心から願う与太郎であった。
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