第3話居場所

偽物の感情。

彼女はそれを理解していた。

今の自分はあってはならない存在であること、そして本来の自分を裏切ってはいけないこと。


だけど戻し方なんてわかるわけがないんだ。




またこうして二人は同じ店で同じ場所に座っていた。

ピーク時以外は全く客の姿はないため、小声で話す必要もない。

オーナーの雪さんは買出しに行くから自由に使ってくれと店を出て行った。



「…」

「…」

無言で睨み合いが続いている、決して見つめ合っているとは言えない。

ここに来るまでにどれだけ口論になったことか。


「聞きたいことは山ほどあるが…」

この店に入り最初に口を開いたのは与太郎だった。


「何で俺なんだよ」

母親ではなく、学校の生徒でもない。

動画を見たところ信頼関係は出来上がっているはず、なのにどうして彼女は再び与太郎の所にやってきたのか。

これは頼りにしている、そういったことなのだろうか。


「本当の自分とは真逆だってことくらいはわかってる」

リサはゆっくりと天井を見上げた。

昨日生まれたばかりの彼女は乱暴で態度が悪い。


「だから…」

「…」

「ゴミ以下の存在を見ていると安心するのよ」

「ん、え?いい話になる場面じゃなかったの!?」


豪邸に塵一つない部屋、かしこまった料理に丁寧な口調の家政婦達。

それが彼女にとって苦痛でしかなかった。


「母さんはしばらく休んでいいって言ってたけど、学校には行こうと思う」

「正気か?」

「軽い事故に合ったことにしておくつもり」

「事故ってお前…」

「性格もこれまでの動画を見て、その通り演じようと思う」

確かに先ほど学校で出会ったときの外面は完璧だった。

それを演じ続けるというのか。



やっと与太郎は理解ができた。

リサは逃げる場所、本来の自分を出せる場所をキープしておきたいのだ。


「ほら、アンタってフンコロガシじゃない?」

「誰がフンコロガシだ」

「ごめん、フンの方ね」

「生き物でもねぇ!」

いろいろとストレスをぶちまけれる居場所が必要ということだろう。


「だからスマホの番号教えなさい」

「今の流れで、だからって言われても困るんだが」

「いいから出せ、殺すわよ」

「もうっ何なのこの子っ!」

些細なことで胸倉を掴んでくる女が本当に清楚を演じることができるのか。

お花畑でいっぱいなあの有名な桜花高等学校で。




「いいじゃないか、教えてやれよ与太郎」

「うわっ!」

誰もいないと思っていた店内で、突然カウンターの向こうから出てきた男。


「よう」

「さ、坂上さんいたんスか…」

「隠れてエロ本読んでいたんだが出るに出れない雰囲気だったから」

「いや、キメ顔で言わんでください」

このむちゃくちゃな男性は坂上 大志(さかがみ たいし)。

ここの常連であり、店長の幼馴染。


「えっと…」

「坂上大志だ」

「飯田リサです」

雪以外にも彼女のことを知られてしまった。

リサは少し不審な視線を大志に向けている。


「記憶が戻るまではここに来たらいいさ」

カウンターから出た大志は爽やかな笑顔を二人に見せた。

この男は一見ふざけたように見えるが何気に頼りになる。


「アイツの代わりに許可する」

アイツとは店長のことで、それくらい大志との仲は深い。


そしてそれを伝えた大志は与太郎の肩を叩き、帰り際にこう言った。


「ホント、誰かさんに似てるな」

「…え?」

「じゃあな、少年少女」

キザな男を演じるかのように手を挙げ足を動かす。

カッコよく去っているつもりだろうが、片手にはエロ本が握られていた。




与太郎は彼の言ったとおりしかたなく番号をリサに教える。

こんなキレイな女子の番号をゲットできた、という気持ちは彼には一切なかった。


「じゃあ帰るわ、今から病院だし」

「そうか」

隣の席に置いていたカバンを手に持って立ち上がるリサ。


「アンタも頭の診断してもらったら?あ、顔か」

「両方正常ですよっ!」

「…ふふっ」

与太郎は初めて<彼女>の本当の笑顔を見た気がした。


面倒なことにならなければいいが、と何度も呟いた。








「なぁ葵、俺って頼りがいがあるように見えるか?」

「…へ?」

次の日の朝、教室に入った与太郎は自分の席に向かわず葵に声をかけた。

真剣な視線を向けられた彼女は何かを察したのか、少し声のトーンを落とす。


「私、思ったことを口にしちゃうタイプだから…ごめん」

「うほっ!」

オブラートに包んでくれているつもりだろうが全然包めていなかった。



「なぁ雄也、俺って頼りがいがあるように見えるか?」

「…太郎」

そのまま雄也の席へと足を運ぶ。

今度は少し悲しげな表情を見せて与太郎は彼に声をかけた。


「一緒に付いていってやるよ、保健室」

「うほっ!」

本当に悲しげな気持ちになった与太郎だった。




トボトボと彼は自分の席に座りカバンを机の横にかける。

桜が舞う校庭を見ても春らしい気分にはならなかった。


「加嶋君おはよう」

「ああ、おはよう」

登校してきた優等生の美佐は挨拶と同時に一時限目の用意をし始める。


「あの…ね、加嶋君」

「うん?」

「えっと…その」

何か言いにくそうに口をごもごもさせている。

与太郎は壁際にもたれるような形を取って、後ろに座る彼女が言いやすい雰囲気をとる。


「昨日帰りに一緒にいた人って誰…?」

どんどん与太郎の顔が青ざめていく。

見られていた、よりにもよって一番見られたくない人物に。


与太郎を校門の前で待つ女子生徒。

明らかに勘違いされてもおかしくない。



「あ、ああっ、あれな…あれは親せ…」

ハーフの親戚なんているはずがない。


「あ~、え~、友だ…」

あの有名な桜花高校に友達なんかいるわけがない。


「…落し物拾ってあげたから、それでお礼に来たっぽい」

昨日リサが校門前でこの嘘を付いた意味がやっとわかった。


「そ…そっか、そうだよね」

「…栗山?」

「あ…いや、なんでもないよ、ただびっくりしただけっ」

「お…おう」


これは嫉妬をしてくれていると勘違いしてもいいのだろうか。

姿勢を戻した与太郎は高鳴る胸に心地よさを感じていた。



チャンスがあれば。

そして勇気がもう少しあれば自分は踏み出せる、彼の意思はもうそこまできていた。



必ずこの想いを美佐に伝える、と。

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