憔悴

 森の中は、命の気配がありありとしていた。

 雪は枝葉にさえぎられ、冷たくぬれた落ち葉や木の根が足あとを隠していた。砂利道もすでに遠くはなれてしまい、すべってころばないよう、気をつけて歩かないといけなかった。

 まるで、笛をふくような風の音。木々がいっせいにざわついて、雪のかたまりをぼとぼとと落としてくる。あたしはすっかりふるえながら、あてもなくさまよった。くもり空に木々がしげっていることもあって、朝とも昼ともさっぱりわからなかった。

 歩きまわるあいだじゅう、背中にはりつくような鼓動、森のささやき、ありもしないけものの息づかいが、あたしをこわがらせた。森は広く、行けども行けども目に入る風景はかわらない。雪にぬれてなおふかふかな地面、ごつごつとした木肌、空をおおう枝葉のかげ。そのひとつひとつが、コンソメをとかしたスープの色だったり、日やけした肌の色だったり、じめじめしたコケの色みたいな、命のいろどりをもってせまってくる。たちのぼる土のにおいが、心を波だたせた。

 じきにつかれて、足がうごかせずに、あたしはその場にへたりこんだ。がさがさと木がゆれて、思わず目をつぶった。雪つぶてが肩にあたって、ぞわりとする。

 けれど、その一瞬がすぎると、いっせいに静まりかえった。目をひらいて、びくびくしながらあたりをうかがう。なにもかもが眠っている、あるいは死んでしまったみたいに音がしなくて、丘より向こうのないしょ話さえ聞こえてきそうだった。

 ふいに、それをさびしいと思った。

 わからなかった。ずっと、命の音が、色あいがこわくて、それをぜんぶなくしてしまった銀世界がうっとりするくらいきれいに見えた。なのに、雪がおおいかぶさって、のどへ綿をつめられたみたいにだまりこんでしまった森の中は、冷たくて、静かで、頭も体も芯から凍りついてしまいそうで、ひどくぶきみだった。はやくかえりたいと、助けにきてほしいと、思った。

 ぬれそぼった髪がひたいにはりついている。わきあがってくるふるえを止められなくて、歯がかちかちと音をたてる。くらやみがのしかかるようで、体が重たく、もう二度とたちあがれないような気さえした。

 ふと、明かりが見えた。夕焼け色の、寝物語の入り口みたいな光。

 遠くに、ぼんやりとただようそれが、すごくあたたかそうに見えた。さがしにきてくれたんだと、ほっとした。なんとか力をあつめて、たちあがる。

「おとうさん」

 つぶやいて、明かりのほうへ歩きだした。

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