第3話

「いらっしゃいませぇ〜。2でご来店ですね。お席の方、自由席となっておりますのでお好きな席にお座りくださいー」

「え、えぇ?」

 場所はとあるファミレス。日は沈み、丁度ご飯時であるため、子供連れの家族客が多いようだ。ガヤガヤと少し騒がしい店内であったが、の言葉が嫌に耳にこびりついたままである。

「私のことはいいわ。取り敢えず空いてる席に座りましょ」

 僕達は言われるがままに奥の方の空いている席に座った。

「今のは、説明してもらえるんでしょうね?」

「ビックリしたじゃない!説明しなさいよ、栗花落柊!」

 僕達には見えているがさっきの店員には見えていない、この状況を異常と言わず何と言うのだ。

「ええ、でもその前に私が奢るから何か頼みましょ。説明は食後にゆっくりと、、、ふふ、私、こんな状態になってから碌に食事ができてないの。だから、こんなにもご飯が美味しそうに見えるのは生まれて初めてだわ」

 栗花落先輩はそう言って、楽しそうにメニューを眺め始めた。



 ※side 栗花落 柊


 –––始まりは5日前だった。


 いつものように下駄箱に入っていた紙くず恋文を処分していと、どう考えても自分への好意を伝えるのにはそぐわない真っ黒な封筒が入れてあった。

「何かしら?」

 最近はなかったが、女子からの脅迫文だろうか。だったら、また潰せばいい。面と向かって言う気概も根性もない女など、少し耳元で囁いてあげれば事足りる。そんな恐ろしげな事を考えながら、その封を切った。


 黒い背景に白い文字が浮き出るように書いてある。以下が手紙の全文である。


『拝啓


 行く春を惜しむ暇もなく、桜の木に青葉が生い茂る季節になりましたね。突然の手紙に驚いた事でしょう。まずは自己紹介から。はじめまして、私の名前は〝魔女システム〟です。この学校から魔女を選出し、をしてもらうために存在しているものです。この度は、栗花落 柊さんが〝魔女〟として選ばれた事をご報告させていただきます。残念ながら、拒否権はございません。この手紙を無視した場合でも、後ほどお伝えする〝罰〟が執行されることとなっていますので、最初に忠告だけさせて頂きます。しかし、これはとても名誉な事なのですよ?神のごとき力の一端に触れられるのですから。–––––』


 なるほど、脅迫文ではなかったがとてもユニークな手紙ではあるようだ。彼女はこの手紙を取るに足らないものだと思いながらも、続きを読み進めた。


『––––では、お仕事の内容について説明します。最初のお仕事は5日以内に今後のお仕事に必要な〝調査書〟を探し出してください、と言うものです。この手紙と同じく漆黒のファイルです。ちゃんと〝調査書〟と書いてあるので分かりやすいはずです。

 見つけられなかった場合はあなたの存在概念が消えます。

 どうゆう意味か?とお考えになるでしょう。そこであなたには〝調査書〟を見つけるまでの間、体験してもらいたいと思います。見習い魔女さんへのプレゼントです。


 それでは、頑張ってください。


魔女システムより』


「くだらない」


 つい言葉に出てしまった。しかし、栗花落柊は言葉にできない焦りを感じていた。何かの歯車が食い違った、世界と自分が乖離したような感覚を確かに感じたのだ。


 職員室に行った。いつも彼女をいやらしい目つきで見てくる体育教師の寺田も、いかつい指でカタカタとパソコンで書類仕事を行なっていた。彼女がいるのは、その真後ろ。そのまま、ぐるっと一周し、寺田の肩をトントン。

「ん!?うぉ?な、なんだ」

 寺田は目を瞬かせ、目頭を押さえて、疲れたような仕草を見せただけ。そこに彼女がいるとは微塵も気づかなかった。


 教室に行った。

 まずは、自分の席がなくなっていたことに気がついた。そして、クラス名簿にも自分の名前はなかった。教室の中を歩き回ったが、皆、彼女を避けるように動いていた。


 人も、虫も、鳥も、まるで彼女が存在していないかのような。言うなれば、彼女から〝ある〟と言う概念をそのままそっくり切り取ったかのような。目の前の世界を見て初めて、彼女は手紙の意味を理解した。


 –––あなたの存在概念が消えます–––


〝ある〟を観測するのが他者なら、その〝ある〟を切り取られた彼女は〝ない〟とすら定義されない、世界とは別の自己認識でしかない存在となってしまった。


「困ったわね」


 本当に一人になった世界で、彼女は呟いた。


 、、、とは言ったものの、内心はそれほど困っていなかった。


 彼女はこのまま誰にも知られずに死のうと、〝調査書〟とやらが見つかって生き残ろうとどちらでも良かったのだ。

 むしろ、死体も残らず、騒ぎにもならない権利を得た喜びすら感じた。


 一つ心残りがあるとすれば、〝魔女システム〟と言う存在にしてやられたと言う事実が残ったこと。彼女が屋上の最後の段差を登る時、何かの縁で助かったならば〝魔女システム〟に何を仕掛けてやろうかと思案するのであった。



 ※side 空閑 有仁


 話を聞いた最初の感想としては。

「普通じゃないですね、先輩」

 しかし、だからこそ正気でいることができた。普通じゃないのが彼女の魅力なのだと、思うことにした。

「ぐすっ、、、ちょっと、あんた。この五日間、苦労したのね、、、ずずずずーーー、、、今だけならあんたに優しくできそう」

 來実は話を聞いて泣き出していた。情に熱い性格をしてる彼女は、栗花落先輩の不遇を聞いて同情したようだ。最後の余計な一言は彼女なりの照れ隠しなのだと思う。

「それに、何なのよ!その〝魔女システムってやつ〟!何様のつもりよ!神にでもなったつもりなの!!」

「和泉さんが言った通り、〝魔女システム〟はこの力のことを神のごとき力と言っているわ。つまり、そうゆうことなんでしょう」

 現実には無い力をすべて神の仕業だと主張するには説得力はないが、今の栗花落先輩の置かれている状況はそう主張するに足る説得力を持つと、少なくとも僕は思った。

「これから先輩はどうするんですか?」

「まぁ、私から〝調査書〟を探すことはないわね」

 意図的にであろうが、手紙には一切のヒントが書かれていない。ヒントがないから探しようがない、ということになる。

「確か、期限は」

「今日ね」

「そう、、、ですか」

 栗花落先輩のことだ。全く何も調べていないと言うことはないはずだ。きっと、この生殺与奪を握られている状況を良しとしていない。このままだと栗花落柊は〝魔女システム〟によって殺された、という結果だけが残るからだ。もし対策を見つけていたら、どちらも選択できる上でドヤ顔で我が道を行くくらいはしそうだ。

 その彼女がまさに座して死を待つしかない段階まで来てしまった、ということなのだろう。

「僕達に出来ることは、ないですよね」

「ええ、この短時間ではどうして貴方達が私を認識できるのか。何か共通点があるのか。それすらも充分に検討することができないわ」

 使えないと判断した上で、この話をした。この事実を僕は、重く受け止めた。

「わかりました。おい、來実。いつまで泣いたんだよ」

「だ、だぁっでぇぇぇ。ぐすっ、友達にも家族にも忘れられたまま死ぬなんて、そんなの、、、ぐすっ、悲しすぎるじゃない!」

「あら、あんなに憎まれ口を叩いていた貴方が随分と心配してくれるのね」

「当然じゃない!あんたはね、あたしの目標なの!憧れなの!絶対死なせなんてしないなら!」

 來実は、涙と鼻水でぐちょぐちょにしながら言っていた。

「ふふ、バカな子ね」

 少し顔を赤らめて、先輩が言った。

 先輩は時間切れになったら、僕達に見える見えないに関わらず死ぬつもりなのだと言った。必死で止めていた來実には悪いけど、僕でもそうするだろうなと感じ、止められなかった。

「じゃあ、〝調査書〟があればいいのね!」

 そう言って彼女は、鞄の中をガサゴソと漁りまくっていた。

「先輩、俺達が調べますよ。〝魔女システム〟について」

 調べなければいけない、そう強く誓った。

「そう」

 短い返事であったが、優しげな微笑みがそこにはあった。

「もーー、どこにあるのよー」

 鞄をひっくり返し中身の全てを机に出した。側から見れば異常な行動、否応無く人の視線を集め出した。

「もうやめとけって來実。ヤケになったって何も変わらな–––」

 一つのファイルが目に入った。話に聞く漆黒のファイルとはきっとこう言った色を指すのだろうと。

 そっと手を伸ばし、表紙を見る。そこには次のような記載があった。



〝調査書〟と。

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