魔女見習い
第1話
ここからは彼女に会う前の話である。
–––人間にとって涙とは、何を意味するのだろうか–––
〝モノ研〟副部長
「あー、んーーっっっ。そりゃー、アレじゃない?かなしーとかうれしーとかぁ、、、あ!くやしーもだ!」
清々しいまでのドヤ顔を決めた來実。突風で閃くカーテンによってその図々しさは頂点突破を果たし、暖色の濃い夕方の日差しによって鬱陶しさすら身に纏っていた。
俗に言う、アホの子だ。
「あのさ、『いろんな人の涙を観測することを義務付けられた主人公が沢山の涙の末に言った言葉の真理を探っていきたい』という趣旨のもと行われている会なんだけど。ドゥーユーアンダスタンド?」
涙が意味することなんてその都度変わる、なんてことはそもそも分かっている。そんなことを話したいわけではない。
「わ、分かってるわよ。主人公の気持ちを考えればいいんでしょ!あれよ、泣いたんだから痛かったのよ。違いないわ!」
いやそれさっきと言ってること違うし、の言葉を飲み込めた俺はきっとこの先に待っていたであろう不毛な争いを避けるための最善手を打ったに違いない。僕はいくらか短気な彼女を刺激しないように、言葉を選びながら問いかけた。
「來実の言った通り、人間とは嬉しくても悲しくても悔しくても痛くても、目から涙を流す生き物だよ。しかし、これら全てのものに共通する。いわば〝涙の普遍的法則〟を見つけていきたい。分かった?」
ほうほう、ほうほうほう、と來実は頷きながら聞いてくれた。これで彼女もこの会の意義に気づいてくれたか、
「ふ、ふーせんほうりつ?」
と思った自分を反省した。あぁ、ダメだ。僕は思わずその場で膝を折り、手を土で汚した。、、、室内のため、手に土など着くはずもないのだが。
僕たち物語研究会。通称〝モノ研〟は私立桜野高校創設以来から続く最古参であり、由緒正しい部活である。、、、嘘は良くないな。 あった、のだ。少子化の影響からか田舎の私立高校への入学率は減少し、この学校も今年一番募集人数が多かった学校が定員割れするといる時代に落ち合っている。また、前年度卒業生がこの学校をさり、今年ついに廃部になりそうなところに滑り込んだのが僕と來実の二人だった。今となっては部室も旧中学校舎最奥。本校舎から歩いて3分という近場ではあるが、実績を残している有力な部活動は、本校舎の方に部室を持てている。実績がある部活が優先とは言え、ちょっとしたジェラシーを感じてしまう。そんなこんなで部活動を始めてから二ヶ月の間、週一回の活動であったが、うまくいっているかどうかはお察しの通りである。
「簡単に言うとだな。涙を流す理由がいくつかあるのはわかったけれど、その理由に共通点がないのか考えてみようってことだ」
來実バカな「何をバカなことを言っているの」とでも言いたげな目でこちらみて答えた。
「嬉しいと悲しいは全く別物じゃない」
「そうだな。だが、その2つは人間がもつ感情であると言う点で1つにまとめることが出来る」
真理を探るとは、ただ自分の思ったようにそのまま辿っていくのではない。もっと機械的に客観的な視点を伴って確実なものでなくてはならないのだ。切れやすい糸を手繰り寄せるかのごとく、精緻な作業になってくる。
「なるほどね、わかったわ。んーそうね、、、感覚的なことだけどこー、胸がギュッてなってジワァーって広がっていく感じ。それがもやーって続いてさ。いつの間にか出てるってところは一緒じゃない?」
精緻さのかけらもない、感覚的な回答であったが、中々的を射ている意見だと僕は思った。
彼女が言っていたグッと堪えてたものを放出するあの感じ。例えるなら、おねしょをしてしまった幼少期に戻ったようなもどかしい気持ち。そんな、抑えられない感情が噴き出したもの、、、なのだろうか。
「確かに、良い視点だと思う。でもなぁ、なんか足りない気がする」
納得できる部分はあるが、やはり説明しきれないところも多い。例えば、同じ耐えるでも、時間をかければ涙を流すことはないと言った事例もある。この件は迷宮入りか、、、
「もー、無理よ。こーさん!その物語の主人公はなんて言ってるのさ」
そう、このモヤモヤを解消するにはその続きを読めば済む話である。しかし、そんな僕だけが答えを知っているような題材を僕がチョイスする、なんてことはありえない。
「あぁ、それがこの本は未完の名作ってやつでな。作者が失踪したーとかなんとかで完結しない作品なんだわ」
したり顔で吐いた僕の言葉に、來実は面白いほど食いついてくれた。
「はぁ?じゃあ、あたしのこのモヤモヤとした気持ちはどうすれば良いのよ!」
その探究心を引き出したくてこの作品を選んだ俺にとってそのフラストレーションは最大の賞賛である。
「少なくとも、この本を書いた作者の答えはないわけだから、、、納得する落とし所を考えるしかないな」
ぎゃぎゃ騒ぎ立て、自分の考えをまとめようと顔を赤くし、本に食いついている來実に二ヶ月間の成長を感じる。若干の語彙力不足はあるとはいえ、この短期間でこの熱意は物語を愛する者として思わずにやけてしまうくらいには嬉しいものである。そもそも文章が苦手な來実が何故この部活に入ったのか気になるところだが、藪蛇を突くような真似をして辞められても困る。今はやめておこう。
そんな笑みを見られるのは気恥ずかしいので、一息つくフリをして急須に手を伸ばし、沸かしてあったお湯を注いだ。そのまま湯呑みで口元を隠すと同時に窓の外に視線を移す。そこからは夕日と本校舎が窓の縁に切り取られて、一枚の写真のような世俗離れした雰囲気が感じられた。だが僕は、春にこのフレームに桜が加わったところを見てしまっていて、若干の物足りなさを感じた。桜野高校の名に恥じない圧巻とも言える桜の木々は、この高校の誇りと言えた。年に一度だけ観れるあの景色のお陰で、ここも悪くないと思えたのだから。
ふと時間が気になり、時計に目をやる。時刻はもう6時を回ったところだった。あと30分もすれば下校のチャイムがなる。少し休んでから、のんびり下校するか。そんなことを考えながら、夕日を眺めていた。
すると、何気なく目に止まった人影が、あるはずのないところに存在していた。
「なぁ、來実。お前、目は野生的に良かったよな。ほら、よく遠くにいるクラスの友達見つけたりさ」
ゆっくりと、兎に角、言葉を並べることを意識した。
「そうね、野生的ってのは余計だけど。左右とも3.0は超えているわ」
野生的というか野生だろ、とは言えなかった。釘付けになった視線をそのままに來実に本校舎の屋上を見るように促す。
「–––––––」
彼女の返答とともに、僕は走り出していた。
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