Ep.17 水晶の温室で昼食を

『イッツ・ア・スモールワールド』を出た頃にはちょうど正午になっていて(例のからくり時計が教えてくれた)、このままゆっくり歩いていけば時間前にレストランへ行けそう、とのことだった。


「あと5分くらいで次のファストパスが取れそうなんだけど、どうしようか? ビッグサンダーにする? それとも、他のがいい?」

「ちなみにだけど、ビッグサンダー・マウンテン以外でファストパス取れるのってある?」

「この近くだと、『プーさんのハニーハント』があるけど、もしかすると時間が夜とかになっちゃうかな……。ビッグサンダーなら夕方くらいだと思う」

「じゃあ、それにしようか。あんまり帰り遅くなるとイヤでしょ?」

「そんなことないよ、ディズニーランドは夜も楽しめることがいっぱいあるから。ゆめくんがそう言うならそうしようか」


 ビッグサンダー・マウンテンの発券所は、アトラクション入り口の左脇にあった。

 そのすぐ近くには『ウエスタンランド・シューティングギャラリー』という射的コーナーがあり、時折発砲音が聞こえてくる。

 発券機の前に並び、順番を待つだけとなったところで千春の動きが止まる。

 そして腕時計とにらめっこを始めた。


「あと2分か……うぅー」

「どうしたの?」

「ファストパスのシステムってさ、すごく時間に正確なんだよね。だからきっちり待たないと発券できないんだよね」

「あー、なるほど」


 発券所の前で、時間が過ぎるのをじっと待つ。

 ぴったり2分後、ファストパスを発券できた。


「さてと、ファストパスも取れたし本命の『クリスタルパレス・レストラン』に行こうか」

「それじゃあ道案内、よろしくお願いします」

「別にすぐだし、案内するほどのことでもないけどね?」


 そう言いながらも、彼女は当たり前のような表情で左手を差し出してくる。

 ちょっと甘え過ぎかなと思いつつ、素直にそれを受け取った。




 ******




 彼女が言っていた通り、レストランまでは本当にすぐだった。

 先ほど歩いた道をそのまま戻り、シンデレラ城が見える方に進路を取るだけ。

 あとはオムニバスのときで道を覚えた通りに歩けば、ガラス張りの『クリスタルパレス・レストラン』が再び見えてくる。

 入り口にいたお姉さんに名前を告げると、中の待合スペースへと案内された。

 スペースの中央には六角形に組まれたソファがあり、その中心からそびえたつように生えるヤシの木が、たっぷりとガラスの天井から降り注ぐ陽の光を浴びていた。

 レストランはビュッフェスタイルだったらしく、そのすぐ奥にあった料理コーナーには、様々根メニューが所狭しと並んでいた。

 しばらく座って待っていると、今度はお兄さんに千春のフルネームを呼ばれ、席へと案内される。

 レストランの利用経験について尋ねられると、千春が即答で有ると返す。

 ……キャストさんが教えてくれるのかとちょっと期待していたが、まあいいか。

 テーブルに到着すると、お兄さんは利用時間は90分ですと伝えて去っていく。

 それを見届けると、いつの間に上着もバッグも下ろしたのか、身軽になった千春に両肩を掴まれた。


「さてと、早速行こうか」


 押されるがままに座席を離れ、料理コーナーへと足を進める。

 メインディッシュの肉料理から、野菜にデザートと色彩豊かなメニューが並んでいた。


「反対側にも料理はあるけど、真ん中のスペースを挟んで対称になってるから安心して」

「色々美味しそうなのがあるね……とりあえず、1周してからでもいい?」

「いいよ。じゃあ、これ取り皿だから」


 取り分け用のスペースが5つ分ある、真っ白な長方形のプレートを渡される。


「気になったのがあれば少しずつ盛っても良いし、そのあたりは気にしなくて大丈夫だよ。それから、おかわりの時は毎回新しいお皿を使ってね」

「はーい」


 まず並んだのは、やはりというか何というか肉料理のコーナー。

 奥にいるシェフが切り分けているのは、ローストビーフだろうか。

 僕が気になったのは、『ポークとポテトのポリネシアソース』というものだった。


「ねえ、ポリネシアソースってなに?」

「ああそれ? 何だろうね、ポリネシアって南の方でしょ……よく分からないんだけど、甘辛い感じの味がするから、すっごく美味しいのは確かだよ」

「千春でも知らない事ってあるんだね」

「まあ、多少はね? 何でも知ってるってわけじゃないし」


 肉を2、3枚とジャガイモを2ピースほど取る。

 付け合わせのアスパラガスも、ついでに摘まんでおく。

 その隣にはハッシュドビーフと、反対側はチキンのグリル。

 メニューを見るなり、2つとも少しずつよそる。

 そろそろ野菜分も欲しかったので、サラダコーナーを探そうとすると、即座に千春が助け舟を出してくれた。


「サラダはその先にあるよ。前菜みたいなのも一緒にあるから、良かったら食べてみて」


 そういう彼女のプレートは既に料理でいっぱいだった。


「そんなに盛って大丈夫なの?」

「デザートは別腹だから」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 意外と食べる人だったらしい。

 そんな僕のちょっとした驚きには目もくれず、マイペースかつ器用に料理を盛りつけていく。

 入りきらなくなると、一旦席へ戻る。

 そして今度は、どこからか小さな丸皿を持って来てサラダを取り分ける。

 最後にドレッシングをひと回しかけて、1周目が終わったようだ。

 彼女に少し遅れて、僕も料理を取り終える。

 そういえば、テーブルにはフォークその他が何もなかったけど、どこに置いてあるんだろう。


「ねえ、千春。フォークとかナイフってどこにあるの?」

「カトラリーなら、全部後ろの島にあるよ。デザートと席の間のところ」


 振り返ってみると、確かに金属の柄がバケットからひょっこり飛び出しているのが見えた。


「紙ナプキンは反対側だから、ちょっとわかりづらいかも。あとで持って来てあげるね」

「ありがとう。千春のフォークとかは持っていくよ」

「はーい。じゃあ、よろしく」


 自分で言うのもなんだが、良いフォローが出来たのではないだろうか。

 ずっとおんぶにだっこの状態では、彼女に申し訳がない。

 一足先に席へ戻り、途中のドリンクコーナーで注いでおいたコーラを1口含む。

 まだ春真っ盛りなのだが、炭酸が身体に心地よく溶け込んでいく。


「いただきます」


 まず初めにフォークを刺したのは話題に上がったポリネシアンソース。

 脂身のたっぷりな厚切り肉を口内で噛みちぎる。

 すると舌先に広がっていくのは、豚肉とソースの甘み。

 その後を追うようにほんのりと酸味のような、ピリッとくるアクセントを感じる。

 何とも不思議かつ美味な味わいを堪能していると、千春がテーブルに戻ってきた。


「あ、おかえり」

「おおー、早速それ食べてるんだ。どうだった?」

「すごく、美味しい。千春の方は色々持ってきたね」


 山盛りのプレートを見ると、ハンバーグやエビフライまであった。

 それらに混じって、ふと見覚えのある料理を見かけた。


「千春のそれ、『ちらし寿司』だよね? そんなのまであるの?」

「あるよー。もしかして気づかなかった? サラダの隣にあるんだけど」

「多分、よく見てなかったかも」

「後で行ってみたら?」

「うん、そうする」


 その前に、まずは手元にある料理を味わい尽くしたい。

 次はどれから手をつけようか。




 ******




 90分のうちに、千春はメインディッシュどころかデザートまでおかわりし、食後にはのんびりとコーヒーをくゆらせていた。


「千春って、すごく食べる人だったんだね……初めて知った」

「なんか、ここに来るとお腹がすきやすくなっちゃうんだよね……。あっ、誤解しないでね? 普段はあんなに食べたりしないから!! 普通だから!!!」


 ここへきて珍しく恥じらう彼女を見ると、やっぱり女の子なんだなあと感じる。

 それにしても、何とも不思議なお腹だ。

 いや、普段よりも歩くから自然とそうなるのだろう。


「それで、この後の予定ってどうなってたっけ?」

「うん、バズのファストパスがもう使えるから、行こうか」

「食べてすぐアトラクションって、大丈夫かな」

「安心して、乗り込む宇宙船はゆっくり動くだけだから」


 なるほど、それなら急に動いたりして気持ち悪くなることもないか。

 考えてみればディズニーランドをもう1周分歩いているが、千春は全く疲れを見せない。

 やがて飲んでいたカップを空にすると、荷物の準備をしながら席を立った。


「じゃ、行こうか」

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