Ep.16 世界で一番幸せな船旅
次の彼女の行き先は、ファンタジーランドの中心部近くにあった。
すぐ隣と言っていたものの、『不思議の国のアリス』をテーマにしたレストランを挟んでいたので、少し時間はかかったが。
そこは、メルヘンチックの固まりと言っても良いような場所だった。
ベージュを建物のメインカラーに据え、様々な色合いの積み木やおもちゃ、飾りを使って組み上げたようなデザイン。
正面の時計台のようなものは、恐らくイギリスのビッグベンだろうか。
見た目にたがわず、時を刻む音をゆっくりではあるが規則正しく響かせている。
それ以外にも大小さまざまな塔が、いくつもの図形で構成されていた。
アトラクションの入り口には、丸い屋根を象った青地の看板が屋根の上にあった。
白文字で書かれている名前は、”it’s a small world” 。
「ゆめくんも、ここは知ってるよね?」
「……もちろん」
知らないはずがない。というかほとんどの人が知っているはずだ。
このアトラクションと同じ名前がつけられた、あのどこまでも明るく陽気な曲とセットで。
千春は正面を見上げると、再び腕時計を確認しながら呟いた。
「多分、もうすぐかな」
一体何が起きるのだろうと、千春の隣で様子を見守る。
すると、時計と重なるように様々な音色が鳴り響き始めた。
バネが伸び縮みするような音や、ゼンマイが巻かれる音。
その他に目覚ましのような鈴の音も聞こえてくる。
同時に、時計台の装飾が動き始めた。
左手の歯車がぐるぐると周り、右手の数字は飛び出したり引っ込んだりとせわしない。
しばらくして大時計以外の音が収まると、時計台の左右にあった三角模様が手前に向かって開き、扉の裏に小さなドラムを腰に下げたバンドマン2人と、扉の内部からはラッパを構えた全く同じ装いのバンドマンが現れた。
彼らのドラムロールに合わせて、時計台の足元にあった水色の扉が開け放たれる。
中にいたのも、バンドマンと同じ人形。
ただしこちらは、顔立ちを見るに「こども」。
『小さな世界』のメロディーが流れ始めると、子供の人形がぞろぞろと現れた。
着ている服は民族衣装のようで、顔立ちも肌の色もとにかくバラバラ。
男女混合の隊列が、左右に分かれて行進していく。
最後の子供がいなくなると、水色の扉が閉じられる。
扉のすぐ上にあった三角模様がほぼ同時に開き、中から数字の書かれた積み木と、鐘を鳴らす2人のピエロが現れる。
ピエロとバンドマンもしばらくしてから扉と一緒に姿を消し、時計台は元の様子に戻った。
全てを見届けると、千春は得意げな顔をしながら振り向いた。
「ねっ? 面白かったでしょ?」
「う、うん」
どちらかといえば、あっけにとられていたというのが1番近い。
建物の一部とはいえ、それなりに大がかりなからくりだった。
「あれって、からくり時計ってやつだよね?」
「だいせいか~い! 何も言わなかったのに、よくわかったね?」
「いや、だって最後に思いきり時間が出てたし」
最後に出てきた積み木の数字は、「11」と「45」。
ホーンテッドマンションを出たとき、ちらりと見えた千春の腕時計で時間は確認している。
そこから考えれば答えはすぐだ。
「じゃあ、見事正解したゆめくんには、私から……」
ほぼ反射のように、つばを飲んだ。
音が聞こえていないと良いな、と祈る。
「私から、『世界を巡る船旅』にご招待しま~す! というわけでレッツゴー!」
即座に腕を組まれ、その勢いのまま『イッツ・ア・スモールワールド』入り口へと引き込まれていく。
時折吹く風に乗せて、彼女の匂いが運ばれてくる。
その甘い香りに、ふと意識が持っていかれそうになるのをこらえながらついていく。
曲がりくねった細い通路をしばらく進むと、壁いっぱいにカラフルな絵で彩られた乗り場が見えてきた。
待ち時間5分と外で案内されていた通り、中の人はまばらで、2筋ある水路も片方は休業状態だった。
「スモールワールドって、夏と冬以外は空いてることがすごく多いから、こんな感じに片方しか動かなかったりするんだよね」
「暑いのと寒いのは、流石に嫌だもんね」
「まあそれもあるし、冬は……今は秘密にしておこうかな」
「いいじゃん、教えてくれても」
「ダーメ。つまらなくなるから、とっておきってことで。また冬に案内するよ」
無人で出発するボートもいるほど空いていたおかげか、初めてアトラクションで2人きりになれた。
キャストさんに手を振りつつ(せっかくなので僕もやってみたが、なかなかに恥ずかしかった)、乗り場を出発。
目の前に現れた壁画をじっくり眺めながら、金色のアーチが架かったトンネルを進んでいく。
その向こうからは、子供たちによる『小さな世界』の合唱が聴こえていた。
******
ボートを降りたときから、千春はうっすらと涙を浮かべていた。
「だ、大丈夫?」
「うん、けど、なんかこれに乗って歌を聴いてると、つい泣きそうになるんだよね……なんでだろう」
「僕はよくわからないけど……多分それは、感動したってことなんじゃない? 良い映画とか見たらさ、人によってはなく人だっているし、きっとそういうことだと思うよ」
これが自分なりの、精一杯のフォロー。
しかし彼女は、意外な反応を見せた。
「あっ、そっか……何となく、分かった気がする。感動とは、もしかしたらちょっと違うのかも」
「どういうこと?」
「スモールワールドはさ、小さい頃からずっと乗ってたけど、歌の『意味』までは全然分からなくて、「この曲、好き」っていう程度だったんだよね。でも今この
「それは、千春が大人になったってことじゃない?」
「まあ、それもあるかもね」
そう述懐しながら、彼女は空を見上げる。
その視線の先には、きっと真っ青な空と魔法のお城が見えるはずだ。
「さて、そろそろお昼になるから行こう!」
いつの間にか涙を拭いた彼女は、先ほどにも増して輝くような笑顔を放っていた。
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