Ep.15 おとぎ話と不思議の世界
下り坂を歩けば、ファンタジーランドはすぐ目の前だった。
まず視界に入ったのは、ピーターパンと『空飛ぶダンボ』。
何度もテレビで見たような、「おとぎの国」の世界。
「何かさ、ここにいる…この場所を眺めてるだけで楽しくなってきちゃうんだよね、私。変かな? やっぱり」
「そんなことないよ。だって千春はディズニーランドが好きなんでしょ? 好きな場所や好きなものが目の前にあるなら、自然と楽しい気分になるんじゃないかな」
自分としては割と本心なのだけれど、ちょっとわざとらしく聞こえていそうだな、と言い終わってから思う。
「……確かに、そうだよね」
手の締めつけが、きゅっと強くなる。
「どうしたの?」
「別に。なんでもない」
不意にそっぽを向くその姿も、何だか可愛い。
「で、どこに行くんだっけ?」
「うーん、時間もあるし待ち時間もちょうど少ないから、『ホーンテッドマンション』でも行こうかなって。いい?」
「ホラーは苦手じゃないから大丈夫だよ、僕は。さっそく行こうか」
目的地の建物は地上だとすぐ目の前なのだが、木々に覆われていて全く見えない。
そのまま左側を沿うように歩いていくと、小さな屋根が付いたファストパス発券所が見えた。
外から見ると馬車止めのようだったが、中の発券機を眺めてみると、明らかに墓石のそれだった。
「ここってこんな感じだったっけ……?」
「ホーンテッドマンションの外は庭園じゃなくて、全部お墓なんだよね。童話に出てくるような有名人のもあれば、ここの住人だった人とか、果てはペットのお墓まであるよ」
「ペットって……。ちなみに、墓地ってどこまで広がってるの?」
「うーん、見えてるところはほぼ全部かな。でも奥の方は中庭だから、木が植わってるところだけって感じだけど」
だいぶ広くないですかそれ。一体どれだけ埋葬されているのやら。
「出口の方にもあるけどね。まあそれは後で見られるし」
「えっ……」
「でも大したものじゃないというか、おどろおどろしいものじゃないよ。中には居れば雰囲気も分かると思うし」
入り口に掲げられていた待ち時間は、なんとも不吉な13分待ち。
列は全く見当たらないうえ、外のBGMは非常に明るい曲調というシュールさが重なり、それが逆に恐怖感を増してくる。
しかし逃げようにも、僕の腕はしっかりとホールドされている。
彼女の小さい背中に隠れても、許されるだろうか。
******
曲がりくねった通路を抜けて館内に入ると、やはりというかなんというか、非常に薄暗かった。
明かりと言えば、大量の埃とクモの巣を被った大きなシャンデリアが1つだけ。
ウェイティングルームといえばいいだろうか、通された六角形の部屋は男性の肖像画と、その下の暖炉しかない。
そんな窓1つない空間に、次々に人が入っていく。
最後に入ったのは僕らだった。
すぐ後ろでガチャガチャとチェーンの音が聞こえたと思いきや、入り口が大きな軋み音を上げながらやや乱暴に閉められた。
そこに扉があったことも気づかず、びっくりして振り向くと、無表情のメイドさんが静かにどこかへ移動していくところだった。
更に暗くなった部屋の中で、突然男性の声が聞こえてくる。
それと同時に、肖像画の中の若々しい男性が段々と老化していき。
最後には、不気味な笑みを浮かべた白骨と化してしまった。
驚きの連続に目を丸くしていると、不意に右腕をつつかれ、一瞬だけ全身が硬直する。
その動きが逆に意外だったのか、つついてきた千春も少し驚きを見せていた。
「だ、大丈夫? 外に出ようか?」
「出る方が無理じゃない?」
「今はちょっと無理だけど、もう少しすれば大丈夫だよ」
「そう……別に無理しなくてもいいよ」
「いや、単に初めてなだけだからさ、ここは。ありがとう」
いつの間にか肖像画に向かって左側の壁が消えており、その向こうに新たな部屋が出現していた。
中へ入ると、今度は老若男女の肖像画が全部で4枚掲げられ、明かりは小さなガーゴイルが持つろうそくだけという、更に簡素なつくりとなっていた。
そして壁が再び動き、窓も扉もない空間に閉じ込められる。
大丈夫だと分かっていても、流石にちょっと心臓に悪い。
部屋の変化はこれだけではなかった。
先ほど不気味な語りを繰り広げた男性が再び声だけで登場したかと思えば、壁と肖像画がぐんぐんと伸びていく。
最後に不気味な笑い声を響かせると、同時に部屋のろうそくが消えた。
その後何が起きたかは、思い出したくない。
しかしそんな恐怖の時間も長くは続かず、入った時とは反対の壁が動き、3つ目の部屋へと案内される。
ようやくここで徒歩が終わり、ここから黒いベンチのような乗り物(千春曰く、『ドゥームバギー』という名前がついているという)に乗って屋敷の中を巡っていくらしい。
乗り場のメイドさんや執事たちも一律に無表情で、まるでなくとも幽霊のよう。
動くベンチに乗り込んでしばらくすると、誰が触れるでもなくセーフティーバーが下りた。
******
屋敷を出ると、木々の隙間から差し込む日光が眩しい。
僅かな時間でも、真っ暗な屋敷の中にいると目がそちらに慣れてしまうようだ。
「どうだった? 意外と怖くなかったでしょ?」
「うん、まあ……でもいきなり幽霊が飛び出してきたりするのは、流石に驚かされたけど」
「そうだよね。『あそこから出てくるなあ』っていうのはなんとなく分かるんだけど、だからこそ逆にびっくりするというか」
そんなことまで把握済みなのか。恐るべし。
「そうそう、入るときに『出口にもいろいろある』って言ったでしょ? これこれ」
彼女が示したのは、幾人もの名前が刻まれた大きな墓標。
近づいて書かれている名前を読んでみる。
「"U.R.Gone”……? それにこっちは”C.U.Later”、って書いてある……」
何てとへんてこな名前なのだろう。死者に対しては失礼かもしれないが。
「続けて読んでみて」
「どういうこと? ……あっ!」
“You are gone”
“See you later”
2文の英語が脳内に浮かんだ。
「分かった?」
「『あなたは死んだ』、『また会おう』っていうことでしょ? ユーモアと言えばユーモアだね……でも幽霊にだけは言われたくない……」
「面白いでしょ?」
まあ面白いといえば面白い、か。
僕の反応を見て満足したようで、墓標の話題はそこで終わる。
千春は左手首につけていた腕時計を確認しつつ、僕に相談をしてきた。
「ホーンテッドマンションは長いから、それなりに時間潰せると思ったんだけど……まだお昼の予約まで30分以上あるんだよね。それで、ちょっと行きたいところあるんだけど、いい?」
「別にいいよ、というか30分もあるならもう少し足を延ばしてもいいんじゃない?」
「行きたいっていってもすぐ隣だし、あと時間もないし」
隣だけど時間が無い、ということはタイムサービスのようなものか。
……それにしてもタイムサービスって、もう少しいい言葉を思いついてほしかったな、自分。
じゃあちょっと急ごうか、と彼女に先導をしてもらいつつ、999人の亡霊が住む館を後にした。
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