Ep.14 水しぶきの山

 彼女の後に続いて、すぐそばの高架下にあった階段を上がっていく。

 木製の橋を渡ると、今度の地面は石畳に変わった。


「ここから先が『クリッターカントリー』っていって、その名前の通り小動物たち、クリッターの棲むくにが、川のほとりに沿って広がっているの」

「ってことは、実際に住んでるわけだよね?」

「もちろん。例えば、すくそこにある『グランマ・サラのキッチン』。あのお店は、一番長く住んでるネズミのおばあさんがやっているんだよね。あとは、ちょっと歩いてみると分かるんだけど……」


 言われるがままについていく。

 すると千春は、しきりに足元で何かを探し始めた。


「千春、何してるの……?」

「うーんとね、あれ? どこかな……あ、あったあった」


 また突然に、足を止めた。


「これこれ、ちょっと見てみて」


 彼女に習い、視線を足元に落とす。

 するとそこには、自分の手のひらよりも小さそうな、しかしはっきりと形のある肉球のような足跡があった。

 単に1つ2つある程度のものではなく、それどころか大きさも形も全く違うものさえ見つけることも出来た。


「ねえ、この足跡ってどこまで続いてるの?」

「私も細かいところまではよく分からないんだけど、追いかけてみる? ちょうど人通りも少ないし」


 大の大人(まだ正確には未成年だが)、しかも男女がこんなところで地面をじっと見つめながら歩き回るというのは、なかなかに不自然ではあるのだが。

 だが当の千春が子供のように足跡をたどり始めたので、仕方がないとばかりについていく。

 残念ながら追いかけていた足跡は、また橋のところで途切れてしまった。


「この先は、どこに続いてるのかな……」

「あ、あのー、千春さん?」

「ごめん、また置いてけぼりだったよね。まあこんな感じで、さりげなくだけどちゃんと生活しているのが分かるの。それとね、」


 そこで彼女の言葉はいったん途切れた。

 すぐ近くから、叫び声と共に何かが水面に突っ込んでいく音が聞こえたからだ。

 探さずとも音源は、すぐ目の前にあった。

 麓に大量の水といばらの茂みをたたえた、緑の生い茂る岩山。

 山頂には、中空になった木の幹が刺さるように生えていて、根元らしき部分から水が滝のように噴き出している。

 その滝を滑り降りていくのは、8人乗りの丸太船。

 真下にあるいばらの茂みに突っ込むと同時に、大きく水しぶきを上げて消え去った。


「これがあの……」

「そう。オムニバスでちょこっとだけ言った、『スプラッシュ・マウンテン』。ディズニーランドで一番激しい乗り物、かな。少なくとも私はそう思ってる」


 きっとそうだろうな、と彼女の言葉を聴きながら思った。

 何せ少なくとも10数メートルは下っている。

 それも見た目からして、45度は確実にありそうな急勾配をだ。


「そういえば、このエリアだけやたら坂道になってるよね……同じ山でも、ビッグサンダー・マウンテンはふもとまでずっと平らだったけど」

「それはね、元々この辺りがなだらかな丘だったからなんだよ。丘陵地帯っていうのかな?」


 なんだか地理の勉強みたいな話が始まった。


「あのスプラッシュ・マウンテンも、昔はあんな水浸しじゃなかったんだよ。それに名前も、『チカピンヒル』っていう文字通りの丘だったの」


 Hillは英語で、そのまま丘。

 それがどうして、Mountainになったのだろうか。


「クリッターカントリーの住人は色々な仕事をしてたんだけど、その中でラケッティっていうアライグマが酒場の経営をやっててね、自分で蒸留酒を作ってたの」

「何でそんな仕事をしてたのかが気になるんだけど」

「まあ、人間の世界にだっていっぱい居酒屋とかあるからねぇ。しかも作ってたのは本当は密造酒だった、っていうし」

「えっ」


 もっとこう、平和でのどかなイメージだったのに。

 意外なクリッターカントリーの歴史を知った。


「……って、話の腰折らないの。そうそう、それでラケッティは相当な慌て者だったみたいで、ある日うっかりお店の蒸留器を爆発させちゃったんだよね」


 ……はあ?

 なにをどうしたらそんなことになるんだ。


「それが運の悪いことに、その蒸留器をビーバーの兄弟が作ったダムの目の前に置いてたらしくって、チカピンヒルの一帯は大洪水。おかげで地形も変わっちゃったわけ」

「……ごめん、情報量が多くてついていけない。えっと、昔は丘でした、蒸留酒をつくってました、爆発事故起こしました、ダムが決壊しました、水害発生。こういう認識で大丈夫?」

「うん、その通りでオッケーだよ」


 指を折りつつ情報を整理する。

 僕の理解度に納得したのか、千春はうんちくを再開した。


「でも何を思ったのか、クリッターたちはその水浸しの急流で丸太に乗って遊ぶようになって。それからチカピンヒルは『スプラッシュ・マウンテン』という名前に変わりましたとさ、というお話なのです」


 こんな田舎町でも、そんな深い歴史があるとは。


「ちなみにそのラケッティさん、蒸留器吹っ飛ばした後はお酒造りをきっぱりやめて、スナックのお店をやってるんだよね」


 と言いながらマップを取り出し、クリッターカントリーの最奥部を示した。

 名前を確認すると、確かに『ラケッティのラクーンサルーン』と書いてある。


「結局このアライグマがやってたのって、合法なの? 非合法なの?」

「さあ? でもお酒を造ってたのは事実みたい」


 あまり詮索をしない方がよさそうな、そんな気がした。

 解説をしている当の千春もけろっとした顔をしているので、つまらない追及はやめておこう。


「それで、もう1回聞いておくけど、今日は乗らないってことで良いんだよね?」

「うん。待ち時間も結構あるみたいだし、正直並ぶのは好きじゃないんだ」


 通り道にあったファストパス発券所、そこに掲げられていた待ち時間は、昼前にもかかわらずほぼ1時間になるところであった。


「じゃあ、このまま目的地のファンタジーランドまで行っちゃいましょう。と言っても、すぐついちゃうけど」


 マップ上だと、僕らがいるクリッターカントリーは最奥部にある。

 ファンタジーランドは蒸気船のあたりまで戻る必要があるものの、地図の上では隣のエリアだ。


「そういえば、お昼の時間って決まってるの?」

「うん。12時半で予約してあるよ」


 腕時計を見ると、針は11時半の少し前を指していた。


「あと1時間くらい、か」

「うん。今日は結構空いてるし、遊園地デートらしく色々乗ってみたいな、って。いいよね?」

「もちろん」

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