Ep.13 水上の宮殿

 出航を告げる鐘の音が、盛大に響き渡る。

 それを追いかけるように、汽笛が2回吹かれ、ゆっくりと船が港を離れていく。

 その様子を、僕と千春は三層デッキの1番上から眺めていた。


「おお、動いてる動いてる……」

「突然なんだけど、ここでゆめくんに問題です。さっき紹介したウエスタンリバー鉄道と、ここ蒸気船マークトウェイン号の共通点は何でしょう?」


 本当に突然始まったクイズ大会(?)。

 回答者は、僕ひとり。

 答えを考えなくても、なんとなくわかる。


「蒸気機関で動いてる、ってところかな?」

「ピンポーン。正解。そんなゆめくんにはごほうびです」

「えっ、なになに?」


 ちょっとだけ、「ごほうび」に期待した。


「これから、その蒸気機関が動かしている外輪の様子を見に行こうと思います」

「あっ、そういうこと……」

「なあに。何を期待してたのかな?」

「べ、別に……」

「そう。じゃあ早速レッツゴー」


 連れられるままに、デッキの最後尾へ向かう。

 手すりから真下を見下ろすと、真っ赤な外輪が水しぶきを上げながらせわしなく回転するのが見えた。

 そして規則正しく煙を吐く、2本の黒い煙突。


「本当に動いてるんだ……蒸気で……」

「1番下のデッキからも見られるけど、そっちも見に行く?」

「行けるの?」

「もちろん。というか、誰でも見られるようになってるの」


 どういうことだろうと思いつつ、そばの階段から下へと降りる。

 登りのときにも思ったのだが、狭くて急なので、注意していないと踏み外しそうだった。

 慣れているのだろう、前を行く千春はすいすいと移動していく。


「マークトウェイン号はそれぞれのデッキに名前がついてて、私たちがいた3階はテキサスデッキ、2階がプロムナードデッキ、一番下はメインデッキっていいます」

「普通に1階2階で良いような気もするけど、そこはそれ、ってことかな?」

「まあ、そうじゃない? あと操舵室は4階だけど、キャストさん以外は入れません」


 そりゃそうだ。きっと操舵室からの眺めは最高だろうけど。

 2階を数秒ほど経由して、1階に続く階段の途中。

 右側、ほぼ目の前を指差しながら彼女が言った。


「ほら、あそこ」


 確かに客室部分と区切られてはいるが、あるのは腰の高さほどの仕切りだけ。

 床を走る1本のパイプらしきものから伸びた、人の身長ほどもある長い棒。

 その隣で、黒の上下に赤いリボンを結んだお姉さんが、手袋をはめて棒を握り締めている。

 じっとその様子を見ていた僕らに気付くと、にこやかな笑顔で手を振ってくれた。


「ね?」

「そういえば、乗ったときはこの辺りに人がいっぱいいたから……初めてじゃなかなか気づけないよ」


 僕らが移動に使った階段は、船首側。

 椅子以外特に障害物がないとはいえ、人が狭い空間に密集していれば、特定の一か所をしっかりと目に焼き付けること自体難しい。

 ちなみに船の入り口は、この場所からすぐ目の前だった。


「キャストさんが操作してる、長い棒があるでしょ?あれの名前は『ハドソンリバー』っていって、前進後進のコントロールをしてるの」

「ところで、エンジンはどこにあるの?」


 反対側を確かめてみたが、あったのはピストン機関だった。


「前の方にあるんだけど、乗ったときはちゃんと見えなかったよね……じゃあ改めて」


 移動している間に船長と一等航海士による会話が船内を流れ始めたが、珍しく千春は気に留めることもなく船首へ向かっていく。

 目的の物は、確かにそこにあった。

 ちょうど船の中心線あたりに、フェンスで囲われた区画。

 その中で、聞こえにくいが確かに低い唸り声をあげる機械があった。


「さてと、船の話はここまでにして、景色のお話をしましょう。船長の話と少し被るかもしれないけど、そこはご愛嬌ということでよろしく」


 そう宣言すると、今度は右舷へと場所を移した。


「川を挟んで反対側にあるあの島は、『トムソーヤ島』。船と島の名前で分かると思うけど、このエリアは『トムソーヤの冒険』の世界をモチーフにしているの。残念ながらこの船だと渡れなくて、いかだだけが唯一の交通手段だけど」

「なるほど。でもどうして、トムソーヤがここに?」

「ウォルト・ディズニーがトムソーヤの大ファンだったから、っていうのが大きいみたい。

 もちろん、物語の再現もしていて、『インジャン・ジョーの洞窟』があったり、登場人物から名前をとった『ハックルベリー沼』とか、見どころもいっぱいあるよ」

「だからこの船も『マークトウェイン号』なわけ?」

「そういうこと。ただ、この川は「アメリカ河」っていうシンプルな名前だけどね」


 マーク・トウェインというペンネームは、元々彼が働いていた蒸気船での合図の1つだったという。

 そんなところでも、しっかりとした繋がりがある。

 なかなか芸が細かかった。


「ねえ、あの櫓みたいなのは?」


 僕が見つけたのは、島の外れ、川岸にある木造と思しき建物。

 森の茂みに半分ほど覆われていて、秘密基地のようにも見えた。


「あそこは、『サムクレメンズ砦』っていって、動物だけじゃなく、外敵から身を守るために高い柵で囲われてるの。名前の由来は、マーク・トウェインの本名から。ちなみに、トムソーヤ島の中で唯一のお店があの中にあるから、どちらかといえば休憩所みたいな感じが強いかな」

「ああ、なるほど」

「まあでも、島は平和そのものだから、守備隊の人もほとんどどっかに行っちゃったみたいだけどね」


 なんとまあ、のどかなことだろうか。


「さっき言った通り、島の中を探検するには『トムソーヤ島いかだ』に乗っていかないといけないんだけど、島の周りだとか、ビッグサンダー・マウンテンの裏側を見るならこの船が一番いいんだよね。あとは、カヌーかな」

「カヌーもあるの?」

「うん。多分、ずっと前の方にいるから見ることはできないけどね。手漕ぎだから、かなり体力要るよ?」

「大丈夫だよ。……多分」

「じゃあ、今度行こうか」

「うん、そうしよう」


 また、「今度」の約束をした。

 まだディズニーランドにやってきて2時間も経っていないのに、「次」の話をしているのが、なんだか不思議な感覚だった。




 ******




「さてと、お次はどうしますか?」

「そうだね……そろそろがっつりした感じの乗り物系に行ってみたいんだけど、この辺りでちょうどいいのないかな? あ、スプラッシュ・マウンテン以外で」


 途中で口を開こうとした彼女の先手を塞ぐのは、ちょっと申し訳ない気分だったが。

 流石に長い時間並んだりするのは、今回はちょっと遠慮しておきたい。


「そっか……でも折角だし、次のアトラクションに行く前にさ、ちょっとだけ散策していかない?」

「それなら、いいよ」


『クリッターカントリー』への入り口は、蒸気船の乗り場からすぐ左という近さだった。

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