Ep.12 熱帯雨林と開拓者のロマン

 お店を出て、道なりに歩いていく。

 すると左側に、なんだか野外ステージのようなものが見えた。

 座席の半分近くが、既に埋まっているようだった。


「あそこは、『シアター・オーリンズ』。もうすぐ『ミニー・オー!ミニー』ってショーが始まるところなの」

「そういえば、さっきの表に載ってたね」

「まだ入れると思うけど、見てみる?」

「それは、今度で良いかな。ところで、このニューオーリンズってどこまで続いてるの?」

「シアターの先に、何軒かショップがあるんだけど、そのあたりまでかな。ただ道を挟んで反対側は、港っていうか、船をモチーフにしたレストランがあるから、またちょっと違ってくるんだよね」


 彼女の言う通り、南国の情緒あふれるショップ通りを抜けると、ヤシの木が林立する、だだ広いエリアに変わった。

 音楽も、どこからか聞こえるドラムの音以外に目立つものは聞こえない。


「今は『ウエスタンリバー鉄道』が休みだから静かだけど、普段は汽車の音とか、駅の放送とかですっごいにぎやかなんだよね。だから今のこの景色はすごくレアだよ」

「それはちょっと見てみたかったなあ」


 中心部に鎮座する駅舎の入り口前には、ペンキを抱えたつなぎ姿のミッキーと共に、「改修・整備のためご利用いただけません」という立て看板が据えられている。

 その隣、駅舎の1階部分は別のアトラクションになっていて、こちらがジャングルクルーズだった。


「なんでここのアトラクションって、同じ建物に入ってるの?」

「ジャングルクルーズもウエスタンリバー鉄道も、同じ会社が経営してるんだよね。最初は小型ボートで交易や貨物輸送をやってたんだけど、後になって蒸気機関車が近くを通ることになったから、ドックの上に駅を作って、鉄道輸送も始めたの。で、使われなくなったボートはジャングルツアーとして使うことにした、ってわけ」

「すごい商売上手な会社だ……」

「それだけしたたかじゃないと、熱帯雨林じゃやっていけなかったんじゃない?」

「それはそうかもねえ」


 千春のしれっとした言い方が、なんだかおかしかった。

 駅舎を通り過ぎて、五重塔の前を通り過ぎる。

 ヤシの木の向こうに見えたのは、かやぶき屋根の神殿のような建物。


「ここが、魅惑のチキルーム。『チキ』っていうのは、ハワイの言葉で「神様」を表すんだって」

「じゃあ、ここには神様が祭られてるってこと?」

「大正解。その中で、色々な鳥たちがレビューショーをやっているの」

「神様、怒ったりしないの……?」

「むしろノリノリだったりするし、神様を起こすために歌うこともあったし大丈夫なんじゃない?」


 ポリネシアの神様は、どうやらにぎやかな雰囲気の方が好きなようだ。


「『スティッチ・プレゼンツ』って書いてあるってことは、鳥以外のキャラクターも出てくるんだよね?」

「うん。『リロアンドスティッチ』ってアニメ映画があって、その主人公が途中から出てくるの。うちにDVDあるから、今度貸してあげるよ」

「いいの?」

「多分、映画観てからまた来る方がいっぱい楽しめるからね」


 次のデートも、多分ここで決まりかなと思いつつ散策を再開する。


「そうそう、この先からウエスタンランドだよ。景色がすぐに変わるから、多分驚くと思うよ」


 彼女の言う通り、木々の合間を抜けるとそこは開拓時代のアメリカだった。

 昔の映画に出てくるような建物が並び、赤茶色の地面と陽気なハーモニカの音楽はどこか砂煙の匂いを感じられそうな、そんな気がした。

 左手に見えるショップ通りを過ぎると、煤けた建物の向こうにごつごつとした岩山が見えた。


「あの岩山が、ビッグサンダー・マウンテン。ちょうどゴールドラッシュが起きた頃に開かれた鉱山だったんだけど、閉山してから鉱山列車が勝手に走り出す……なんてことが起きはじめた、っていう噂があるんだって」

「結構怖いことが起きてるじゃん……」

「まあでも、レールが変な方向にねじ曲がったりしてることはないから、大丈夫なんじゃない?」

「なにその基準……」


 幸か不幸か、待ち時間も長くファストパスもまだとれないということで、遠目から眺めるのみ。

 しかし列車の音と響く悲鳴は、この場所にもはっきりと届いていた。


「このまま右のほうに歩いていけばファンタジーランドなんだけど、もう行っちゃう? それとも、こっちで色々見てく?」


 どうしようかな、と考えていると。

 すぐ近くで、何かを吹き鳴らすような鋭い音と、鐘の音が聞こえた。


「ねえ、今の音って何?」

「あれは『蒸気船マークトウェイン号』の汽笛。すごく奇麗な見た目で、眺めもいいんだよね。行ってみる?」


 行かない、というには興味が引かれすぎていた。




 ******




 岩山へ向かわずそのまま歩いて、鉄道の高架をくぐった先にあった、真っ白な建物。

 建物と言っても、両脇に小さな部屋のようなものがあるだけで、待合スペース部分は屋根だけという簡素なもの。

 ちょうど船が到着したところだったようで、乗り場の真ん中に人だかりができていた。

 停泊中の「マークトウェイン号」は、建物からはみ出した黒く細い煙突と、最後尾にある赤色の巨大な外輪がとても目立つ。

 ちなみに船体は、乗り場と同じ白色だった。


「大きいね……」

「まだ乗れるから、早く行こう。出発しちゃうと待ち時間長くなるから」

「う、うん」


 本音としては少しくらい乗り場も見たいが、後にしよう。

 どちらともなく互いの手を取り、いそいそと船へ乗り込んだ。

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