Ep.11 夢と冒険の街角で

 一旦入り口の方へ戻ると、今度は進路を左にとった。

 周囲の建物は、カリブの海賊と同じようなデザインの建物で構成されていた。


「ねぇ、ディズニーランドの建物とか風景って、モデルがあったりするの?」

「あるよ。ちょうどこの場所は、19世紀のニューオーリンズを再現しているの。さっき言ったブルーバイユー・レストランも、ニューオーリンズの郷土料理をフルコースにしてるんだよ」

「そうなんだ。にしても、そんな特定の地域をモデルにするなんて意外だね」

「それが、そうでもないんだよね。例えばワールドバザールは、海外のディズニーランドだとここみたいなアーケードじゃなくって、『メインストリートUSA』っていう1つの街みたいになってるんだけど、そこはディズニーランドを作ったウォルト・ディズニーの生まれ故郷をモデルにした、なんて言われているの」

「どうしてそんな違いがあるの?」

「日本だと梅雨があったりするでしょ? だから屋根をつけて、いつでも入りやすいようにしているの。けど、基本的にパークの作りとかはどこも一緒だよ」

「ちなみにだけど、海外のディズニーランドってどのくらい行ったことあるの……?」


 口ぶりからして、1回2回程度ではないと思われるが……。


「そんなに多くはないかな。最後に行ったのが3年くらい前だから……6回くらい? でもパリだけは行ったことないなあ」

「え、ちょ、ちょっと待って」


 パリ? なんでフランス?


「ディズニーランドって、アメリカだけじゃなくて香港とパリにもあるの。そして、ここ東京ディズニーランドは、アメリカ国外で初めてのディズニーランドなのです」


 自慢げに胸を張っているが、そんなことよりも初耳の情報に僕はただ驚いていた。


「あと、アメリカのディズニーランドはカリフォルニアとフロリダの2箇所にあります」

「それで、両方とも行ったことは……」

「あるよ」


 あっさりと答えたが、何というかすごすぎる……。


「って、結構話がそれちゃったね。まあそういうわけなので、行こう行こう」

「ごめん、色々びっくりしすぎてついていけない……。そんな遠いところまですごいねえ……」

「アメリカにしかないアトラクションとかも、たくさんあるからね」


 とりあえず、「何かすごい」ということだけは伝わった。


「あのさ、次に行く前にちょっと休憩したいんだけど、いい?」

「いいよ。そこにお店あるから、ジュースでも買っていこう」


 カリブの海賊から、道を挟んだ反対側のお店へ入る。

 店内はどこにでもあるような喫茶店の雰囲気だったが、席はほとんどが屋外だった。

 今日くらいの天気なら、外でも十分だろう。

 カフェの敷地に入ってすぐの座席を取ると、千春が財布を片手に注文を聞いてきた。


「オレンジ、コーラ、コーヒーと紅茶があるけど、ゆめくんは何がいい? 買ってきてあげるよ」

「じゃあ、オレンジジュースで。後でお代渡すね」

「いいよ、今回は全部私が出してあげるから」

「えっ!? いいよいいよ、こういうのは男子が出すところだし」

「その男子は来るのが十何年ぶりなんだから、別にかっこつける必要もないでしょ」


 うわ、真正面から両断された。海賊じゃないんだから、もう少し慈悲を……。男子としての立つ瀬が……。


「それに、一緒に来てくれるだけでも、私は十分だから。これくらい出させて? ねっ?」


 などとウインクしつつ飛び切り明るく可愛らしい笑顔で言うのだから、僕ごときが勝てるはずもなく。

 春の陽射しに照らされた屋外で、彼女を待つこと約3分。

 両手にオレンジ色の紙コップを2つ抱えた千春が戻って来た。


「お待たせ」

「ありがとう」


 コップのデザインを見てみると、リゾートを彷彿とさせるヤシの木と、バカンスを楽しむキャラクターたちが描かれていた。


「ねえ、こういうデザインってずっと一緒なの?」

「ううん、アニバーサリー、何周年のときには1年限定で変わるし、通年のデザインも変わったりすることもあるよ。この柄は見るの初めてだから、結構最近変わったっぽい」

「前は、どんな感じだったの?」

「どうだったっけ……そこまで正確に覚えてるわけじゃないけど、紫色のカップに英語で"Disney"って書いてあるだけみたいなのとか、あとは場所で変わったりとかもあったし」

「かなり凝ってるんだねえ」

「まあ、だって真っ白なだけじゃ味気ないからね」


 それはそうだ。

 せっかく遊びに来ているのに、食器のデザインが普通に100エントランスショップ売られているのと同じなら、面白みがないだろう。

 冷たいオレンジジュースを口に入れながら、"Today"と大きく書かれたスケジュール表を開いてみた。

 今月のパレードは全部、午後にしかやらないらしい。


「もしかして、見たいショーとかあった?」

「いや、あんまりショーはちょっとよく分かんないから……なんか、ごめん」

「いいのいいの、ゆめくんが楽しければ私はそれでいいから。見てみたい場所とかあれば、いつでも言ってよ」

「うーん……。なんていうか、このまま一周ぐるっと歩いてみたいなって。さっきのオムニバスみたいに、車か何かで回れたら最高なんだけど」

「残念ながら、ディズニーランドを一周するのはないんだよね。ということなので、かなり歩き回ることになるけど大丈夫?」

「千春の方は……心配しなくてもよさそうだね」

「そこで多少は心配してくれないのぉ!?」

「だって、歩き慣れてる人にそんな必要ないでしょ」


 こういうところで遠回しに女の子アピールをしてくるのが、なんとなくかわいい。


「ゆめくんの意地悪」

「はいはい。そろそろ、出ようか?」


 既に千春の方は飲み干したのか、先ほどからじっと僕の様子を眺めるばかりだった。


「いいよ。行こう」

「じゃあ、コップは片付けておくね」


 自分の持っている中身を空にすると、席を立ってゴミ箱を探す。

 すると目と鼻の先に、シンプルであまり目立たないが、はっきりとそれと分かるものを見つけた。

 白黒の線だけでデザインされた、ほんのりと緑がかった青色のボックス。

 こんなところまでこだわるのかと、なんとなく感心した。

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