Ep.10 荒くれ共が大騒ぎ

 ワールドバザールを再び通り過ぎて、カリブの海賊へと一路向かう。

 オムニバスに乗っていたときは木に覆われて見えなかったが、その建物は「大豪邸」と呼ぶにふさわしいデザインだった。

 そして辺りを流れる音楽は、軽快なジャズバンドのようなものに変わっていた。


「ここが入り口なの……?」

「うん、ほら」


 周囲と中にあるアトラクションとのギャップが、非常に激しい。

 けれども、確かに正面口の上にはドクロの海賊旗と、「PIRATES OF THE CARRIBIAN」の文字がある。

 門番のように立っているキャストさんたちも、頭にバンダナを巻き、下っ端海賊のようないでたちだった。


「ちょうど空いてるし、行こう行こう」


「ヨーホー!」などと声をかけられながら中へ入り(千春は拳を上げながらノリノリで返答していた)、人気のないガラガラな通路をまっすぐ進んでいく。

 右手の水路では、次から次へとボートが動いていた。

 入ってから船に乗るまで、体感時間で1分と少し。


「スター・ツアーズといいここといい、何か人が少ないね……?」

「不人気ってわけじゃないけど、空いてるアトラクションってだいたい決まってるんだよね。でも夏場になると、結構混むよ。外まで並ぶくらいだから」


 今日が平日の、しかもイベントのない日で本当に良かった。

 ボートの乗客は、僕ら以外は数人という程度で、5列ある座席も1列飛ばしにしている程だった。

 ちなみにこちらも、最前列。

 ただし、彼女が「いちばん前に乗りたい」などとキャストさんにリクエストした結果である。

 船着き場を出港すると、まず目についたのは右舷の明かりだった。


「ねえ千春、あれは何? レストラン?」

「そう。あそこは、『ブルーバイユー・レストラン』。レストランがアトラクションと同じ場所にあるのって、ここだけなんだよ。あと、お店の明かりは日本の提灯なのです。ニューオーリンズの港に集まってきた、色々なモノを使っているの。もちろん、メニューもね」

「ちなみに、行ったことは……?」

「1回あるんだけど、その時は小さかったからよく覚えてないんだよね。……あとお恥ずかしいことに、あんまり暗いから私が泣いちゃって何も頼まずお店を出ちゃったんだって」


 千春の幼少期に、そんな可愛らしいエピソードがあったとは。


「千春でも、怖いものはあるんだねぇ」

「む、昔の話!! 今はそんなことないから!!」

「そう。じゃあ後でホーンテッドマンションにでも行こうか?」

「別に、良いけど? 私が怖がるとでも思ったの?」

「ごめんなさい……」


 え? なんで? こういうときって怖がるのがセオリーじゃないの? もしかして僕の勘違い?

 ……僕の恋人は、この世界のことになると圧倒的に手ごわくなることを学んだ。


「冗談はともかく、『カリブの海賊』はここからが本番だから。手すりにつかまってると良いよ、両方のおててでな……?」


 ただでさえ暗いところなのに、彼女の低い声と共に放たれた最後の台詞はそれなりの威力があった。

 うっすらと体が震え、思わず前の手すりにつかまった両手はわずかに湿り気を帯びる。

 しかしボートが進む先では、左舷の鬱蒼とした水草の森で、小屋に住むおじいさんがギターを弾いていたり、ホタルの光や虫の声が聞こえたりと、平和そのものだった。

 やがて森が消えると、両岸には民家の並ぶ光景に変わる。

 そして、どこからか怪しい声が響いてきた。


「え、なにこの声……割と不穏なんですけど……不気味な笑い声もするし。ねえ、千春」


 彼女に聞いてみようと思ったが、彼女は何も答えない。

 代わりに唇を歪めながら、「静かに」というジェスチャーを返した。

 その理由に、僕はすぐ気がついた。

 見えてきた真っ暗なトンネルの入り口で、海賊帽をかぶった骸骨がボートに向かっておどろおどろしい声で警告を発していた。

 暗闇の奥からは、激しい水音も聞こえてくる。

 骸骨の不気味な笑い声が頭上を通り過ぎた頃、僕の視界は完全に闇一色になり。


 そして。


 ボートが急に速度を上げ、滝の上を滑り落ちていった。




 ******




「さて、カリブの海賊はいかがでしたか?」

「何というか……せめて、もうちょっと乗る前に何があるかくらいは教えて欲しかったです……」

「考えてはいたんだけどね、このくらいなら言わない方が良いかなって思って。変なイメージ植え付けちゃうと何か嫌だし」

「だってまさか落ちるなんて思わなかったし……」

「でも大丈夫だったでしょう?」


 大丈夫と言えば大丈夫だが、既に振り回され気味で、彼女が言っていたようなゆっくり休めるようなものでもなかった。

 しかし、つまらなかったかと言われるとそうでもない。

 どちらかと言えば爽快感もあって、なかなかに刺激的だった。

 ただし最後のシーンの、酔っぱらった海賊たちが火薬庫の中でドンパチをするところは流石にヒヤヒヤしたが。

 

「ところでさ、最後の最後で出てきた、椅子に寄りかかってる海賊は誰なの?」

「彼は、キャプテン・ジャック・スパロウ。『ブラックパール号』の船長なのです」

「ああ、そういえば映画になってたっけ。僕は見てないんだけど」

「『パイレーツ・オブ・カリビアン』は、このアトラクションを元に作られた映画なの。で、映画自体が人気になったからアトラクションのリニューアルをして、それからキャラクターたちが出てくるようになったわけ」


 なるほど。そういうつながりがあったとは。

 ふと腕時計を見てみると、時刻はもうすぐ11時になろうとしていた。


「そろそろお昼時になるね……千春が予約してたレストランって、何時から?」

「12時半ぐらいだったかな。もしかして、もうお腹すいちゃった?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、時間過ぎちゃったりしたらと思って」

「大丈夫。ちゃんとスケジュール管理はしてるから、安心して」


 予約したのも彼女だし、そこは任せきりにしてもいいのかな。


「次は、どこに行こうか?」

「そうだね……『ジャングルクルーズ』にしちゃうとまた船に乗るやつになっちゃうし、スターツアーズの時のこと考えたら『魅惑のチキルーム』は今度の方が良いかな……とりあえず、ファンタジーランドに向かって散歩がてらゆっくり歩いてみようか」

「いいよ」


 いくつかアトラクションらしき名前が挙がったが、ここでの記憶がほぼない僕にとっては異国の言葉に聞こえる。

 パークの景色を眺めながら、彼女が次は何を語るのか、今の僕にはそれが楽しみだった。

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