Ep.9 未来世界の宇宙旅行(後編)


 建物の中は、ガラス窓のおかげで開放的な空間になっていた。

 少し斜め上に目線を向けると、水色の帯を巻いた宇宙船らしきものが。


「あそこに、船が見えるでしょ? あれがスター・ツアーズの宇宙船、機種名はスタースピーダー3000っていうの」

「なんか、ちょっと見た目が古そうな感じがするけど」

「最初は新型だったものでも、使われてれば型落ちするからね」


 ちょっと意味深なトーンだったが、考えないことにした。

 機体を眺めているだけでも楽しいし、それ以上は気にする必要もない。


「宇宙船の前にいるロボットは、何をやってるの?」

「よく見るとわかると思うんだけど、実はここ、ドックなんだよね。つまり彼は機体の整備ドロイドなのです」


 遠いのでうっすらとしか見えないが、ヘッドセットらしきものをつけ、手元の機器類で何かをしている様子は確かに整備士のそれだった。


「ねえ、あの柱……何かちょっと溶けてない?」


 僕がその次に気になったのは、宇宙船の張り出した床を支える柱だった。

 何かに撃たれたのか、表面がえぐられているように見える。


「あ、ホントだ……初めて見た……なんだろうね」


 流石の彼女も知らなかったらしい。

 とりあえず先へと進み、スロープを上がってコンコースへ。

 次の部屋は内部が少し暗くなっていて、更に何かが噴き出すような騒音も聞こえる。

 足を踏み入れると、なんとこの奥にも宇宙船が鎮座していて、こちらも整備中だった。

 騒音源はここだったらしい。

 そして部屋の右側には巨大なスクリーンが設置され、旅行ツアーのCMが流されていた。


「やっぱり、色々な場所に行くんだね」

「私たちが乗るのは、『エンドア・エクスプレス』っていう直行便なんだけどね」

「エンドアって、どんな星なの?」

「戦争の中でも、最後の戦いが起きた場所」

「そんな物騒なところなの!?」

「大丈夫だよ、撃墜されたりはしないから」


 彼女自身、何度も乗っているに違いないので本当なのだろう。


「何かすごく不安なんですけど」

「ハラハラドキドキの宇宙旅行、だからねぇ」

「ちょっと!? 不穏なんですけど!?」

「ちゃんと帰ってこられるから、楽しんで」


 少し肩を落としながら進んでいくと、整備中の機体を目前に見ることができた。

 作業台に立つ金色のロボットと、スタースピーダーに体をうずめている丸っこいロボットは……。


「確かあれがC-3POと、R2-D2だっけ?」

「正解。そこは知ってるんだ」

「有名だから、じゃないかな?」


 仕事というよりも、やっているのはお互いへの皮肉と嫌みの言い合いのようだが。


「見ていて飽きないから、こういう細かいお遊びは好き、かな」

「この後もそういう「面白いお遊び」はたくさんあるから、行こう」


 次の部屋はドロイドの整備とセキュリティチェックを行うエリアだった。

 何かに当たったのか、真っ黒こげになったR2の仲間もどきを修理するものもいれば、やってきた乗客のチェックをするものもいた。

 ただし彼らに共通して言えるのは、「無駄話が多い」こと。

 さっきから聞こえる業務放送も、「仕事に戻れ」という、AIを搭載するドロイドにあるまじきものであった。


「なに、このカオス……」

「ね、面白いでしょ?」


 正直に言って、情報量が多すぎる。

 何だこれ。

「人間臭すぎる」と言えばそれはそれで面白いのだろうが、初めて見るこの景色は、ただただ僕に「混沌」という印象を植え付けた。


「戦争の後だからね、多少は仕方ないような気もするんだよね。でもまあ私としてはみんな個性的で面白いなって。ゆめくんはちょっと、こういうところは興味ない感じかな?」

「ないわけじゃないけど……。どっちかっていうと、色々ついていけないというか」

「そっか。そこは私の失敗かな」

「別に千春が悪いなんて、全然思ってないよ。朝からずっと楽しそうにしてたし、ここが好きなんだなっていうのはよく分かるよ」


 そう伝えながら、フェンスに寄りかかる彼女の手を優しく握る。


「ゆめくん……」

「そんなわけだから、気にしないで?」

「ありがとう。さて、この次がいよいよ搭乗口だからね」

「やっと乗れるんだ……今まで見てきた分でもうお腹いっぱいになっちゃいそうだったよ……」


 主に最後の情報量が多すぎたせいだと思うが。

 セキュリティチェックを担当しているドロイド(といっても無駄話ばかりで以下略)の横を通り、ようやく乗り場へ。

 相変らず薄暗いが、光の色は橙色で比較的明るい雰囲気だった。

 ゲートは左右に3つずつで、番号は左手前から。

 案内されたのは一番奥のゲート6だった。座席はなんと最前列。

 搭乗口の上には案内モニターが設置され、次の出発までのカウントダウンと準備中の機体が映し出されている。

 残り時間が3分になると、チャイムが鳴って画面が切り替わり、赤いジャケットに身を包んだ男性が登場案内を始めた。

 それが終わると画面が再び切り替わり、準備を終えたスタースピーダーがジャッキアップされていく。

 その機械音が、扉の向こうからはっきりと聞こえてくる。

 モニター画面が”NOW BOARDING”に切り替わると、ようやくゲートが開いた。

 目の前に現れた真っ暗闇の空間で、足元を照らすのはタラップの真っ青な照明だけ。

 その光の帯が示す先に、真っ白な宇宙船が浮かんでいるように見えた。

 前に並んでいた千春はいそいそと機内へ乗り込み、早々にシートベルトを締める。


「ずいぶんと気が早いというか、用意周到というか……」

「わたしにとっては、全部が楽しみだから」


 わかるような、分からないような。

 かくして僕らの宇宙旅行が、始まった。




 ******




 宇宙船を降りた後、僕はちょっとフラフラの状態だった。

 乗り物酔いというわけでは、なさそうだけど。


「ゆめくん、大丈夫?」

「い、一応……」


 短い間の宇宙旅行は、本当にドキドキとハラハラの連続だった。

 いきなり目的地を通り過ぎたり、彗星の中に入り込んだり、戦闘の真っただ中に飛び込んだり。

 おかげで体がちょっとついていけなかった。


「ちょっとベンチで休む?」

「うん……」


 幸い出口のすぐそばにベンチがあったので、小休憩となった。


「それで、次はどこに行く予定?」

「もう1個行きたいところがあったんだけど、ちょっと変えてもいいかなって。ゆめくん次第かも?」


 ふと、ガイドマップを開いてみる。

 目の前にある大混雑は、出来たばかりという『モンスターズ・インク』。

 さっき寄ったミクロアドベンチャーも面白そうだし、『スタージェット』も乗ってみたい。

 ……いや、待てよ。


「ねえ、リクエストしてもいい?」

「いいよ!! 全然いいよ!! むしろ聞きたい聞かせて!!」


 いきなりテンションをつり上げてきた彼女に、僕は少し面食らった。


「千春、落ち着こう?」

「大丈夫、私落ち着いてるので」


 じゃあ今の反応は何だったんですか。


「それで、行きたいところ見つかったの?」

「うん。カリブの海賊、行ってみたい」

「大丈夫? まだ気分悪いでしょ?」

「一息つけて安心したから、多分もう大丈夫」

「なら、いいけど。まあ、カリブの海賊自体はこのままワールドバザール突っ切ってすぐだし、ボートに乗るだけだからゆっくり乗れて気分転換にはなる……かな? 本当に大丈夫?」

「いいよ、もう体の調子も戻ったし、行けるよ」


 念押しのように僕の体調を尋ねてくる千春に、少しだけ不穏なものを感じた。

 海賊と名がつくには、もしかしたら多少激しいところもあるかもしれない。

 少しだけ心づもりをしておいてから、差し出された彼女の手を取った。

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