Ep.8 未来世界の宇宙旅行(前編)

 『オムニバス』から降り、車体を眺めているとあることに気がついた。


「あれって、もしかしてアトラクションのポスター?」

「そうだよ。1階席にも、写真とかがあんな感じに飾ってあるの」


 ちょうど1階と2階の中間部分に、帯を巻くようにして掲示された、たくさんのアトラクションが描かれた小さなポスター。

 スプラッシュ・マウンテンやホーンテッドマンション、カリブの海賊もちゃんとあった。


「普段はこうやってぐるぐる回ってるだけなんだけど、パレードでキャラクターを乗せることもあったんだよ」

「そうなんだ」


 もしそんなことがあったら、一度見てみたいな。


「さてと、それじゃあまずは『バズ・ライトイヤー』のファストパスを取ろうか。すぐに終わるし待たせちゃうのもアレだから、一緒に行こう」

「うん」


 どちらからともなく、手を繋ぐ。

 僕の手のひらよりも少し小さく柔らかい感触に、胸が高鳴る。

 バスのルートとは逆方向に進み、最後に見えた橋に入っていく。

 両サイドに建つ同じデザインのアトラクションと、その奥に鎮座する真っ白なドームは、バスの上から見た景色とは少し違って見えた。


「そこにある双子みたいな建物だけど、左が『ミクロアドベンチャー』で、右が今から行く『バズ・ライトイヤーのアストロブラスター』っていう別々のアトラクションなの」

「右のほうが、すごい並んでるね」

「できたのは5年くらい前、だったかな? 3大マウンテンくらいの次に人気があるんだよね」


 目的地は少し先だったようで、アトラクションの入り口はそのまま通過。

 ファストパス発券機は、その横にあった。

 おもちゃのロボットを模したようなもので、雰囲気にぴったりのデザインだ。

 その上に掲げられていた待ち時間のボードは、平日にもかかわらず「40分待ち」になっていた。


「ついでなんだけど、向こう側のミクロアドベンチャーの、羽の生えた電球みたいなロゴは何?」

「あれは、『イマジネーション研究所』のロゴマークなんだよ。アトラクションっていうか、あの建物自体が研究所になってるんだよね。その中でイベントをやってるわけ」


 研究成果の発表会、みたいなところか。

 多分細かいことはガイドマップにあるはずなので、後で確認してみよう。


「ファストパスは私がとってきてあげるから、パスポート貸してくれる?」

「了解。ありがとう」

「すぐ終わるから、後ろの方で待ってて」


 やはり人気アトラクションということもあってか、コーナー前にはちょっとした人だかりがあった。

 千春はその中に消えたと思うと、数十秒ほどで戻ってきた。

 彼女の手には、パスポートと同じくらいのチケットが2枚。


「ちょっと時間が進んじゃってたね」


 着いた時には発券時間の案内表示が「13:20~14:20」となっていたが、チケットに印刷された時間は5分ずれていた。


「そうそう、ファストパスって1回取っちゃうと2時間後まで新しく取れないんだよね」

「そうなんだ」

「色々簡単に取れちゃうと、時間が被ったりとか、そういう問題があるから」

「なるほど」

「あと、同じアトラクションのファストパスを取りたいときは、前のファストパスの時間が来てからでないと取れない、とかね」


 おまけの解説を聞きつつ、チケットを眺めてみる。

 その上部には、アトラクションのロゴマークと主役のバズ・ライトイヤーが印刷されていた。


「このデザインって、アトラクションごとに違うの?」

「もちろん。他のも見てみる?」

「見てみたいけど、もう取れないんじゃ」

「ファストパス・チケットの方はね。でも、他のファストパスを取っていますよ、ってお知らせみたいな紙は出てくるの。紙のムダになるからやらないけどね」


 なるほど詳しい。


「さて、この後は私の好きにしていいんだよね?」

「う、うん。そう、言ったし……」


 どこか、目の奥に怪しい輝きが見えたような。


「安心してよ、ちゃんとゆめくんには合わせるから。ね?」


 でもその可愛らしいウィンクが、今の僕には信用できないというか、さらに疑心を深めるんですが。


「大丈夫、怖くない怖くない」

「せめてどこ行くのかだけでも!」

「えっとね、『スター・ツアーズ』ってとこ」

「詳しい内容をお願いします」

「『スター・ウォーズ』の世界で宇宙旅行をします」

「それ平穏じゃないよね明らかに!?」

「大丈夫だよ、だって戦争はもう終わってるから」

「え、そうなの?」


 映画のネタバレになるけど、大丈夫? という前置きの後、千春は話を続けた。


「スター・ウォーズの最後……エピソード6で、なんやかんやありながらも戦争が終わるの。で、銀河は平和になってめでたしめでたし。そこで、『スター・ツアーズ』っていう旅行会社が企画ツアーを始めたわけです」


 あんまり、よく分からない。

 要するに戦争が終わったから、また娯楽としての旅行が盛り上がってきた、みたいな話なのだろうか。


「もうちょっと話はしたいんだけどね……行ってからの方がしやすいから、とりあえず行きませんか?」

「……まあ、分かったよ」


 目的地は、ちょうど建物を挟んで反対側だという。

 とは言っても、2分とかからないくらいで到着するくらいには近かった。

「STAR TOURS」のロゴが付いた、八面体のオブジェがアトラクションの目印。

 その後ろには、巨大な格納庫のようなビル。

 黄色い枠で囲われているガラス張りの壁面は、どう見ても扉にしか見えなかった。


「この建物自体は、あくまでも宇宙港。このターミナルの中に、スター・ツアーズがあるわけです」

「じゃあ、他の会社もあるんだよね?」

「あるとは思うけど、ここはスター・ツアーズの独占みたいな感じになってるんだよね」

「じゃあここに、ドックとか修理工場も入ってたりするの?」

「それは、入ってからのお楽しみ。さあ、行こう!」


 僕は背中を押されながら、ターミナルへと入っていった。

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