Ep.7 素敵な世界
『ワールドバザール』の入り口に入ると、流れていた音楽が陽気な吹奏楽の曲に変わった。
周囲を壁と建物に覆われているせいか、反響しているのがよく分かる。
大通りの更に向こうには、真っ白なお城もはっきりと見えた。
「あの遠くに見えるのが、シンデレラ城。あの中にも実はお店があるんだよね。ま、すごく高いアクセサリーだけど」
「そういえば、あそこにもアトラクションあったよね。すごく怖いやつ」
「それは覚えてるんだ?」
「小さい頃のトラウマ、ってやつかな……でもはっきり覚えてるわけじゃないんだ」
ものすごいジメジメとした暗闇を歩いていくような、そんな感じのやつだった。
ハッキリ言ってお化け屋敷。
「『ミステリーツアー』なら、もうなくなっちゃったよ」
「そうなんだ……良かった……」
彼女には悪かったかもしれないが、とりあえずホッとした。
「私も分かるよ、すごく怖かったし。もし新しいのが出来たら、明るい感じのが良いよね」
「それは言えてる」
などとちょっとした昔話をしながら、アーケードを出る。
さっきまでとは比べ物にならないほど、目の前には大きな青空が広がっていた。
さっきまで遠くに見えていたシンデレラ城も、陽の光を浴びて輝いていた。
「オムニバスは、あっち」
目の前の花壇と銅像を左の方に見ながら、乗り場へ向かう。
『オムニバス プラザ一周』と書かれた看板の前でしばらく待っていると、2階建ての大きな深緑のバスがやって来た。
千春は僕の手を取ると、ためらいなくらせん状のステップを上がっていく。
低いラッパのようなクラクションが鳴ると、バスがゆっくりと動き出した。
「向こうにある、水色の建物から先が『トゥモローランド』だっけ?」
「そうだよ。ちょうど先月に新しいアトラクションができたから、かなり人通りが増えてるんだよね」
「そうなんだ」
車内に流れるキャストさんの解説を聴きつつ、景色を眺める。
お城側から見るワールドバザールのアーケードは、中で見た以上に大きく感じた。
「ちなみにだけど、ワールドバザールを通ったときに、途中で十字路があったでしょ?」
「そういえば、あったね」
「お城に向かって右側に行くとトゥモローランド、左側は『カリブの海賊』、そして『アドベンチャーランド』に繋がってるの。木で見えないけど、ちょうどこの奥にあるよ」
「じゃあ、次はアドベンチャーランドあたりに行ってみたいな」
「おっ、早速行っちゃいます?」
若干あおり気味な台詞にも聞こえるが、本人はワクワクを顔いっぱいに表現していた。
ちょうど下を見ると、えんじ色の制服を着たお姉さんが手を振っていたので、2人で振り返す。
続いて目の前に現れたのは、ガラス張りの真っ白な建物。
解説で聞こえた『クリスタルパレス・レストラン』という名前の通り、レストランというよりは宮殿のような華やかさだった。
そのすぐ右にあった小道が、アドベンチャーランドへの入り口らしい。
英語で書かれた看板が、生い茂った木々の向こうにうっすらと見えた。
千春が唐突に、そしてさりげなく耳元でささやく。
「そうそう、お昼はあそこだから。予約取っておいたの」
本日のサプライズが、いきなりやってきた。
すぐさま離れてなんでもない顔をしたが、目を合わせると可愛らしくウインクを返す。
「ところでなんだけど、今日は何がしたい? ゆっくり歩いて回ってみる? それともジェットコースターとか、ガッツリ行ってみる?」
「千春のスケジュールはどんな感じなの?」
「特に何も。行きたいところ、見たいところ、何でも付き合うよ」
頼もしいを超えて、ある意味たくましいレベルに思えてくる。
「じゃあ、1回くらいガッツリしたのを乗ってみたいな」
「ガッツリ系かぁ。人気のあるやつなら3種類あるんだけど……全部ここで話してくれるから、それを聴いてからゆめくんが決める、ってことでいい?」
「いいよ」
ちょうど解説は開拓時代のアメリカをテーマにした、『ウエスタンランド』に差し掛かっていた。
外輪船に、熊のコンサートシアター、そして鉱山列車の『ビッグサンダー・マウンテン』、か。
1度マップを広げながら場所を確認すると、千春に尋ねる。
「ビッグサンダー・マウンテンはファストパスがあるんだね」
「うん。そのまま並ぶより、ファストパスを取っておいた方がいい、かな?」
ファストパスは、簡単に言うと「指定時間に戻ってくれば、短い待ち時間で乗れる」というものらしい。
……と、ガイドマップに書いてあった。
「ちなみにだけど、この『カントリーベア・シアター』って何分くらいのショーなの?」
「20分くらい、かな。色々回りたいなら、順番は最後の方にするといいかも。カリブの海賊ならいつも空いてるから、入って乗るまでで5分くらいじゃない?」
「なるほどね……」
考え事をしているうちに、シンデレラ城の目の前へとバスは進んでいた。
「さっきちらっと聞こえた、『スプラッシュ・マウンテン』ってどんなやつ?」
「ボートに乗ってぐるぐる回って、落ちる」
さっきとはうって変わってとんでもなくアバウトな説明だった。
「もっとわかりやすい説明はないですか……?」
「楽しみを削いじゃうと面白くないでしょ? ああ、でも名前の通りちょっと濡れる、かな。ついでだから先に説明しちゃうけど、最後の『スペース・マウンテン』は宇宙をロケットで駆け抜けるっていうやつで、すごく暗いんだよね。ちなみにこの3つを合わせて『3大マウンテン』と呼びます」
「確か、全部ファストパスが使えるんだよね」
「そう。1日に全部回り切れるか、試したことも何回かあるよ」
あるんだ……。
「ちなみに休日とか週末は人が多くて無理でした」
「は、はぁ……」
そこまで深い話になると、流石についていけません。
というか、ディズニーランドに入る前からのやたら詳しい解説といい、一体どれだけここに来ているんだろう?
「あっ、ごめん。この後の話だったよね。バスの降り場はさっきと同じところだから、距離的にはスペース・マウンテンが一番近いんだけど、今はお休み中なんだよね……」
「それは、ちょっと残念だな」
ちょっと落ち込んだのに気づいたのか、千春が話題を変えてくれた。
「ところで、次はどこに行こうか?」
「ここまで来たら、もう千春のおまかせでいいかなーなんて思ってるんだけど……大丈夫?」
「かなり難しいけど、まあいいよ。その代わり、ジェットコースターみたいなのはあまり乗れないかもだけど、いい?」
「どちらかといえば乗りたいけど……千春と一緒に遊べたらそれで満足かな」
言い終わってから、あっ、と気づく。
千春は、ものすごく体を縮こませて顔を覆っていた。
「ゆめくんの、ばか」
僕らを乗せたオムニバスは、最後のテーマランド、トゥモローランドへと差し掛かっていた。
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