第2章 おとぎの国に住む少女

Ep.6 魔法の王国

 GWの初デート(?)から、約3週間後。

 学校の休講日を使って、僕たちは初めて東京ディズニーランドへ行くことになった。

 当日の開園時間は9時だそうだが、ゆっくり行こうという事で少し遅めになった。

 ちなみにデートプランは彼女に任せきりなので、不安と期待が半々である。

 待ち合わせ場所は、前回と同じ舞浜駅。

 人は比較的少なく(それでも割と混み合ってはいたが)、合流もスムーズに出来た。


「ゆめくん、お待たせ」

「おはよう、千春」


 今日の彼女は、ミント色の花柄シャツに真っ白なカーディガン、下はジーパンと揃いのスニーカーという、可愛らしさと身軽さを両立したような服装。

 左肩から提げているトートバッグには、ミッキーマウスのストラップが付いていた。

 膨らみ方を見るに、色々と入っていそうである。

 が、当の本人は縮こまりながら、伏し目がちな視線を僕に向けていた。


「どうかな、今日の私……? 初めてだから普段来るときのコーデにしちゃったんだけど……」


 え、普段ってなんですかそんなに来てるんですか貴女。

 彼女がどこまでのファンなのかは全く知らないのだが、既に怪しさというか「もしかして」という違和感を抱く程度には引っかかる言葉だった。


「そんなことないよ、いつもより可愛いくらいだよ」

「……ばか」


 照れ隠しのつもりなのか、強めに僕の腕をはたく。

 こういうところが可愛らしい。

 ちなみに今日の僕はスキニーパンツにシャツという、ちょっとカッコつけすぎたかな? という服装である。

 リュックには新しく買ったジャケットも入れてある。


「ゆめくんも、カッコいいよ」

「ありがとう。早速、行こうか」

「うん」


 今度は左ではなく、右の歩道へ進む。

 大きなショップ『ボン・ヴォヤージュ』を横目に過ぎた頃から、雰囲気を盛り上げるようなBGMが周囲から聞こえてくる。

“Tokyo Disneyland”と書かれた小さなゲートをくぐると、緩やかな上り坂が終わる。

 そしてどこからか、明るい音楽が聞こえてきた。


「ねえ、この音楽ってどこから流れてるの?」

「街灯の下とか、ちょっと太い支柱になってるところがあるでしょ。そこにスピーカーがついてるの。今流れてるのはミクロアドベンチャーっていうアトラクションの曲だね」


 確かによく見ると、細かい網目のようなものがあった。

 装飾で目立たないようにしているのも、ならではなのだろう。

 おまけにアトラクションのポスターが、いくつも置かれていた。


「見るだけでも、結構楽しいでしょ。どう?」

「……正直に言うと、その通りだよ」


 これだけ明るい曲をずっと聞き続けていれば、おのずとテンションも上がってくる。

 途中から見えてきた宮殿のようなホテルを横目に見ながら、下りに転調した道を進んでいく。

 最後の直線の向こうに、緑色の屋根で覆われたエントランスが見えた。


「そうそう、手前の屋根はチケットブースで、入り口はもう1つ先の屋根だよ」

「そうなんだ」


 チケットもといパスポートは、すでに買っているので手前のブースはそのまま通過。

 ようやく夢の国への入り口に到着すると、僕は小さくため息をつく。

 ゲートの向こうには、白塗りの豪邸のような建物と、ひときわ大きなガラス張りの屋根が見える。

 ふと隣の恋人を見ると、その手に顔写真入りのカードを握っていた。

「ねえ、そのカードって……」

「これ? 東京ディズニーリゾートの年間パスポートだよ。ちなみにディズニーシーにも入れるやつ」


 ……一体いくらするのか聞きたくないし想像したくもない。

 僕の1デーパスポートでも6000円近くと、そこそこな金額である。


「さ、行こう行こう」


 しかし彼女の純粋な笑顔を見ていると、そんなことはどうでも良くなってしまう。

 もしかしたら、もう「魔法」は始まっているのかもしれない。

 ピロリン、という音と共にゲートを通過し、ガイドマップとショーのスケジュール表をゲットしてようやく園内へ。

 千春は1部ずつ入手すると、すぐさまバッグの中へ片付けた。


「それじゃあ、行こうか。一応確認だけど、ディズニーランドはほとんど来たことないんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、まずは『オムニバス』に乗ろう。ディズニーランドを知るなら、あれが1番」

「オムニバスってことは、文字通り車に乗るやつなの?」

「そうだよ。マップ広げてみて」


 折りたたまれた紙を広げると、ディズニーランド全体の地図を中心に、多くの施設がこまごまと書かれていた。


「今、私たちがいるのがちょうどこの辺りかな」


 マップの一番下、エントランスと白い建物の中間地点を示す。


「ここに描いてある花壇が、ちょうど右側に見えてるやつね。ここから建物を突き抜けて、右の……これ」


 彼女の白くて細い人差し指の先に、赤い枠で囲われた「3」という数字と、濃い緑色をした2階建てのバスがあった。

 地図の中心部で円を描きながら、説明を続ける。


「これがオムニバス。で、このバスがぐるっとお城の前のプラザを一周するの。あとは乗ってみてのお楽しみ、ってことでいい?」

「もちろん。それで、1つ聞いてもいい?」

「何でも良いよ」


 自信たっぷりに言い切る彼女は、何とも頼もしい。


「この『ワールドバザール』って、お店だけしかないの?」

「一応、ゲームセンターみたいなところはあるけど……やっぱりレストランとか、お土産屋さんが多いかな。どっちかっていうと、イクスピアリみたいなショッピング街っていうのが近いかも」


 行きはともかく帰りはみんながここを通るはずだから、当たり前と言えば当たり前か。


「こんな感じで、大丈夫だった?」

「うん、ありがとう」

「えへへ……」


 分かりやすく照れないでください。可愛すぎる。


「……って、いつまでもここに居たってしょうがないから、はい行こう!」

「早歩きして、置いていかないでよ?」

「はいはい、ちゃんとわかってます」


 分かっているのか、分かってないのか微妙だが。

 いよいよ僕と彼女の、初デートが始まった。


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