Ep.5 いつかこの夢が
しかし、彼女は僕の言葉を聞いて固まってしまう。
「ど、どうしたの?」
「オススメのレストランって、一番悩むんだよねぇ……まぁ、難しいお願いこそ嬉しかったりはするんだけど」
「なんか、ごめんね……?」
「いいのいいの、謝らなくて。でもオススメって、あまり意識してなかったから……」
彼女も彼女で悩む点があったようだ。
「もしかして、無理言っちゃった感じかな? なら、フードコートでもいいよ」
「それはダメだよ! せっかくなんだし! なんかもったいない感じするし!」
「一生懸命考えてくれてるのはこっちこそ嬉しいから、さ」
「……ゆめくんの、ばか」
あれ? もしかしてなんか地雷踏んだ?
女の子とお付き合いなんてこれが初めてなモノだから、勝手が全く分からない。
「……あ、あるよ。オススメ」
「本当に!?」
「うん。1回行ったきりだったから、忘れてたけど」
「どんなお店?」
「着いてからの、おたのしみ」
少しだけ、妖しい感じの笑みを浮かべる千春だった。
彼女に連れられるまま通りを歩き、エスカレーターを使って3階の、『グレイシャス・スクエア』に上がる。
2階とは打って変わり、屋根のないひらけた空間とお城のような建物のデザインが相まってそこはかとない気品を感じる。
入っているショップもそれに合わせてか、高そうなファッションやジュエリーが多い。
(なんというか、1人だと場違いな感じがするな……)
しかし今回は隣に千春がいるので、むしろデートの雰囲気は強かった。
「着いたよ」
場所は、表通りから少し外れた小道の中腹くらい。
レストランの入り口そばには、石窯を模したテーブルの上にピザのサンプルが。
看板の名前は、「Pitta 00」。
「ピッタ、ゼロゼロ……?」
「うん。見ての通りピザのお店。なんだけど、オススメはパスタなんだよね」
「でも普通のピザ屋さんって、一緒に出してるよね、パスタとか」
「まあ、そうだけど。ここはね、どちらかというとパスタをすごく推してるんだよ。それが、これ」
反対側のテーブルに置かれていたメニューをめくり、1枚の写真を示す。
『ピッタ・ゼロゼロ特製 生パスタ"カルボナーラ"』とあった。
だがしかし、パスタがあるのは皿の上ではなく、明らかに「半分に割ったチーズの中」だった。
説明書きにも、「手割りしたパルミジャーノチーズの中に、生パスタを入れてお客様の目の前で仕上げます。イタリアチーズの王様の味と香りをお楽しみください」とある。
「これ、どういうこと?」
「書いてある通りだよ。すごくない?」
「うん、確かに……」
静かに僕は絶句する。
というか、これは思いっきり興味を惹かれた。
見たい。超見たい。面白そう。そして美味しそう。
「どう?」
「じゃあ、千春のオススメにするよ」
早速店内へ入ると、キッチンエリアには真っ赤なピザ窯が鎮座し、内部で真っ赤な炎を上げながら生地を飲み込んでいた。
フロアは開放的で、休日もあってか活気にあふれている。
パスタはお試しということで1人分のみをオーダーし、ピザとサラダを付けた。
******
一番先にやってきたピザをつまんでいると、店員さんがミニテーブルを押しながら僕らの元へやってきた。
机上の大部分を占拠するのは、半分に切られたチーズのホール。
よくテレビで見るようなあの丸いかたまりが、目の前に鎮座している。
まず最初に、お玉サイズのスプーンらしきもので表面をいくらか削り取る。
そこへソースの絡んだパスタを投入し、丁寧にチーズと混ぜ合わせていく。
パスタがチーズの削り節(?)をまとうようになると、ようやく皿に盛りつけて完成。
「……」
「ゆめくん、大丈夫?」
「あ、うん……」
香りが、すごい。
酸味のあるチーズが7で甘いクリームソースが3くらい、だろうか。
匂いが鼻から胃袋に届いて全力で刺激にかかる。
これは、ヤバい。
小皿に分けて早速いただく。
「いただきます」
「いっただっきまーす」
食べる前から予感はしていた。
これは、今まで食べてきたことのある「カルボナーラ」とは別の何かだと。
その答えを、最初の一口が教えてくれた。
口の中に入った瞬間放たれる濃厚なミルクの風味。
コクと旨味が強烈にパスタと絡み合い、ねっとりとしたものに仕上がっている。
「美味しい……食べたことない味だ……」
「すごいでしょ?」
「別に千春が作ったわけじゃないでしょ」
「紹介したの、私じゃん」
「まあ、そうだけど」
その自慢げな顔は何なのでしょうか。
怖くて聞けないけど。
食事の後に追加のデザートを堪能し、満足してお店を出た。
******
来た時には昼前だった時計が、いつの間にか昼下がりになっていた。
「ゆめくん、この後はどうしようか?」
「このまま帰っても悪い気はしないけど、なんか少し、寂しいかな」
「映画でも、見る?」
「それはまた今度って、約束したばっかじゃん」
なんとなく、千春がしたいことは分かっている。
……その、つもりだけど。
「ねえ、千春」
「なあに?」
「ディズニーランド、行ってみる?」
直球もド直球を投げてみる。
しかし彼女の回答は、予想外のものだった。
「今日は、いいかな」
「どうして?」
「だって急に呼び出しておいてそこまで図々しいこと出来ないよ。それに」
急にしおらしくなった、と思うと。
「ディズニーランドは半日で遊びきれるほど、小さな場所じゃないんからね!」
その言葉を聞いて、僕は。
自分の気持ちを、確信した。
「そっか。じゃあまた今度にしよう。……でも、その時は」
「千春の彼氏として、来たいかな」
「えっ……!?」
目を丸くして、口を両手で塞ぐ彼女。
ちょっと意地悪な気もするが、畳みかけてしまおう。
「ダメ?」
「ううん……ダメじゃ、ないよ……」
頬を真っ赤に染め上げて、今にも泣きだしそうである。
「じゃあ、僕と付き合って下さい」
「うん」
抱きついてきた彼女を優しく抱き止め、努めて優しく頭を撫でた。
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