Ep.4 恋はひそかに

 富士山でのあれこれから、僕と舞浜さんの距離は更に縮んでいった。

 お昼は以前からなので変わらないが、同じ授業の時はいつも隣に座ったり(それ以前に移動も一緒だったりする)、朝から授業があるときは行きの電車も同じになったりと、2人でいる時間は少しずつ増えていった。

 それどころか、週末にも2人きりだったこともある。

 もう付き合っているといっても過言ではなかったが、少なくともそんな意識はあまりなかった。

 ただその一方で、自分の中の「恋心」までは否定できなかった。

 はっきりといつからかなんていうのは、分からないが。

 何せ昔の人は、「恋は雷に打たれるようなものだ」と言っていたのだ。

 でも、まだ僕らはきっと「友達以上恋人未満」だろう。

 1歩を踏み出せるような、そんな勇気が欲しかった。




 ******




 そのチャンスがやってきたのは、ゴールデンウィークの最終日だった。

 今日は好きなだけ寝るぞ、と妙な気合を入れて目覚ましもかけず昼過ぎまで布団にこもっていたところ、突然携帯の着信音で起こされたのだ。


(誰だろう……まさか葛西とかじゃないよね)


 急に遊びに誘われても、今日は家で寝るという大事なタスクがある。

 しかし予想に反して、電話の主は舞浜さんだった。


「もしもし? どうしたの?」

『あ、夢太くん起きてたんだ』


 そう言うなら最初から電話をかけてこないでほしいのですが。


『ごめんごめん、暇だったからさ、遊びたいなーって思って』

「だったら、他に友達いるでしょ?」

『ゆめくんがいい。ゆめくんじゃなきゃやだ。……って言ったら?』


 え、何ですかこの急展開。

 ちょっとついていけないんですけど。


「それ、どういうこと?」

『んー、デートのお誘い?』


 本日の脳内落雷、2回目。


『……ゆめくんと、デートしたい』


 普段の彼女からは考えられないような、とてつもなく甘い声。

 この誘惑にあらがえる男がいるだろうか。




 ******




 彼女に指定された待ち合わせ場所は、東京都心……ではなく。

 まさかまさかの、「舞浜駅」。

 いきなりすぎて何かのドッキリがあるのではないかと、戦々恐々としながら電車に乗る。

 家から1時間弱しかない道のりが、異様に長く感じられた。


(一体どうして、というか何を考えてるのかな、舞浜さんは)


 舞浜駅と言われれば、行き先はたった1つしかない。

 場所が場所なので、単純かつ純粋な「デート」であれば確かに楽しいことに間違いないだろうし、僕の心だってもっと晴れやかだったろう。

 だけど、人間というのは自分の想像をはるかに超えた出来事が起こると、それを受け入れない方向に思考がいってしまう。

 今の僕のように、疑心暗鬼になることだってある。

 うっすらと冷や汗をかきながら、とうとう電車は舞浜駅に着く。

 今までの駅とは全く違う発車メロディを聴きつつ、エスカレーターで改札へと降りる。

 看板には「東京ディズニーリゾート方面」と分かりやすく書かれているので、迷う余地もない。

 案の定、改札の前から人だかりができていて、この状態では人探しも難しいだろう……。



「あ、ゆめくん。いたいたー」


 ……この人、千里眼の持ち主なんですかね?

 いつの間にか僕の隣にしれっと彼女がいた。


「なんであんな人ごみから見つけられるの……?」

「なんでだろうね?」

「何か、少し背筋が……」

「気のせい気のせい。さぁ、行くよ」


 ニッコリと笑いつつ、僕の左腕を捕まえ、人波をかき分けながら左側の建物に進んでいく。

 モノレールの高架をくぐり、そして館内へ。

 入ってすぐの大通り(館内の通路というにはあまりに道幅が広すぎた)では、いくつものショップが軒を連ねていた。

 両脇のテナントどころか、通りのど真ん中さえも小さなワゴンで占められている。

 そして人通りも非常に多いので、大きな街の中にいるような気分になる。


「何だか、街中にいるみたいでしょ?」

「だからなんで分かるの……」

「好きだから」


 すらすらと出た彼女の言葉に、心臓が跳ねる。


「えっと、それはどういう……」

「色々、かな。ここが好きっていうのもあるし。あとは……今は、言わない」


 僕の手を握ったまま、「しーっ」などと口に指をあてつつ、ウインクを投げてくる。

 僕は僕で、感情と共にふき出す汗が、彼女に気付かれないだろうかと心配していた。


「あのさ、

「なあに、ゆめくん?」


 しまった、と思ったときにはもう遅かった。


「どこに、行くつもりなの?」

「まだ言わない。それから」


 と、そこで一旦言葉を区切り。


「やっと、名前で呼んでくれたね」

「そ、それは」

「今更変な風に距離置かれる方が傷つくんですけど」


 一瞬で拗ねて見せる辺り、なかなか手ごわい女の子かもしれない。


「うん……その辺は、何か、ごめん」

「いいよ、こうやって私の無茶に付き合ってくれてるから。ありがとうね」

「どういたしまして?」


 こういう時の気の利いた言い回しなんていうものを、僕は知らない。


「それでさ、今日なんだけど。どこかいってみたいところってある?」

「うーん……。多分初めてだし、千春に案内してほしいな」

「オッケー。しゃべりながら……というか、すごくマニアックな話になるけど、いいかな?」

「全然いいよ。むしろ知りたいくらい」


 一瞬、千春の目の奥が光ったように見えたのは、気のせいではないだろう。


「まず、イクスピアリのコンセプトは、『物語とエンターテインメントにあふれる街』。

 建物は4階まであって、大まかにいうと『タウンエリア』と映画館のある『シネマエリア』に分かれてるんだけど、テーマごとに作られたエリアが全部で9つあって、それぞれ違う特徴があるの。例えば」


 足元を指差しながら、うんちくを続ける。


「今私たちがいるエリアは、『トレイダーズ・パッセージ』。ここはイクスピアリに来るときほとんどの人が一番最初にやって来るから、いわば目抜き通りみたいなところなの。真ん中に並ぶショップは季節ごとに変わったりもするんだよ」


 日本語に直せば、「商人通り」といったところだろうか。

 なるほど、と僕は思った。


「ところでさっき、映画館って言ってたけど、どのぐらい大きいの?」

「シアターが全部で16だったかな。入り口はこの先にあるけど、シアター自体は1階から3階まであるよ。今はあんまり見たいのがなかったから、誘わなかった」


 家から一番近いところでさえ、確か7、8シアターくらいだったはず。

 関東だけで比べても、かなりの規模だろう。


「やっぱり、ディズニー映画もやるの?」

「もちろん。冬に新作があるから、今度行こうよ」

「そうだね」


 会話が途切れる。

 大したことはないはずなのに、その間が気まずい。

 しかしここは彼女の『ホーム』。焦る必要は全くなかった。


「ねえ、ゆめくん。そろそろお腹空かない?」

「そういえば、少し」


 言われるまで、お腹のことなどすっかり忘れてしまっていた。


「色々あるけど、どこがいい? 下にはフードコートがあるし、レストランはたくさんあるよ?」

「レストランは沢山あるだろうねえ」


 そんなことで2人して笑えるのが、なんだかおかしかった。

 悩んだ末に、「おすすめのレストランを紹介して」とオーダーすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る