Ep.3 これが青春だろうか

 部屋に戻ってから何やかんや(主に詰問だった)で騒いでいるうちに、電話が来てから少し時間が経ってしまった。

 売店コーナーについたときには、既に待ち人が来ていた。


「舞浜さん、もう着いてたんだ。こっちが待たせちゃったね、ごめん」

「大丈夫、気にしないで」


 いつの間に入浴を済ませたのか、ロングヘアーがうっすらと湿り気を帯びている。

 普段の彼女は髪を束ねているので、下ろしている今の姿と相まって、さわやかな色気を感じた。


「ところで、舞浜さんは何かお目当てとかあるの?」

「無難なのはクッキーとかお菓子類だよね。あとは自分用にアクセサリーとか?」

「あのー、あんまりそっちの方は詳しくないんですが……」

「私が使う分まで見てくれなんて言わないから、安心してよ」


 そう言ってにっこりと微笑む。


の方は、何か買ったりはするの?」


 急に名前で呼ばれて、思いっきり僕は動揺した。


「えっ、ああ、いや、どうしようかな」

「どうしたの?」

「いきなり名前で呼ばれたから、びっくりしちゃって」

「じゃあ、私のことも名前で呼んでいいよ」

「えっ!?」


 いいんですかそれ。色々な意味で。

 心の奥底にいる自分は全力のガッツポーズをしているが、そんなことを顔にまで出してしまったら大変である。

 だがしかし、このチャンスを逃すのもよくないだろう。


「ち、

「なーに?」


 そんなに可愛らしい笑顔で答えないでください。何かすごく恥ずかしいです。


「どうしたの?」

「やっぱり、今まで通りじゃダメですか……?」

「もしかして、名前で呼ばれるのあんまり好きじゃなかった?」

「そういうわけじゃないんだけど。なんか、女の子を名前で呼ぶって相当アレかなあって」

「まあ、男子ならそうだよね……」


 と、納得と不服を半分ずつにしたような、あいまいな表情を浮かべた。


「どうしても、っていうならいいよ。でも私の方はいいよね?」

「そこは舞浜さんがイヤじゃないなら、僕は別にいいよ」

「オッケー。じゃあ早速行きましょうか」

「うん……って、そっちは出入り口だよ!?」


 売店の買い物に付き合え、という話だったはずだ。


「別に外出禁止ってわけでもないし、ご飯まで時間あるし。それに売店も良いけど、他のお店とか見たいじゃん?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ、行こうよ」


 彼女は、意外とアクティブな性格だったようだ。

 多少は知っているつもりでも、「知らない一面」が垣間見えるというのは面白い。

 純粋な好奇心と、その他もろもろの感情を抱えて、ホテルを飛び出す彼女を追いかけた。




 ******




 宿を出て、夕焼けを背負う富士山を眺めながら歩くこと5分。

 観光地なので、お店を探す必要はなかった。


「まずは、ここから入ろうか」

「そうだね」


 ドアをくぐると、やや手狭な店内に、ところ狭しと商品が並べられていた。

 僕たちは時計回りに中を見て回っていき、気に入ったものがあればすぐカゴに入れていった。

 そんなとき、舞浜さんがふと歩みを止める。


「どうしたの? 何かあった?」

「ああ、うん、何でもないの」

「……そう」


 足早に去った彼女が先ほどまで見つめていた先では、アクセサリーが微かに揺れていた。




 ******




 一足遅くお店を出ると、舞浜さんはそばの自販機で買ったらしいジュースを飲みながら、軒先で待ってくれていた。


「ごめん、また待たせちゃったね」

「いいよ、別に」

「あのさ、ちょっといいかな?」

「なあに?」

「渡したいものがあって。はい、これ」


 キョトンとした顔の彼女に、小さな袋を見せる。


「中、開けていいよ」


 彼女は言われるがままに封を開き、出てきた「それ」に目を丸くした。


「えっ……これ、いいの?」

「うん、いいよ」

「本当に?」

「もちろん」


 何度も聞き返してはいるが、彼女の目は既にキラキラと輝いている。


「ねえ、一つ聞いてもいい? もしかして舞浜さんって、ディズニー好きだったりするの?」

「……うん」


 彼女が見ていて、そして僕が渡したもの。

 それは、「ご当地ミッキーの根付け」。

 見た目こそ大したことはないが、要するにストラップのようなものだ。


「ちょっと気になってはいたんだけどね……買おうか悩んでるうちに声かけられちゃったし、あんまり趣味とか言わないでいたから……」

「別に、いいんじゃないかな。ディズニー好きな女の子って、多いと思うよ。高校にも友達同士でよく行くっていう人もいたし」

「そう、なの……? うちは女子校だったけど、あんまりそういう人いなくて、どっちかっていうと隠してきた感じだったから……」

「あ、そうなんだ」


 女子校出身とは。まさか、お嬢様……?


「お嬢様ってほどじゃないよ、別に。うちはフツーの家だし」

「そこまで詮索するつもりはないから、安心して」

「ちなみにだけど、夢太くんはディズニー興味あるの?」

「小さいころに1回か2回ぐらいかなあ。興味ないとか、嫌いってわけじゃないけど」

「そうなんだ」


 そのせいか、僕にとって「ディズニー」なんていうのは遠い海の向こうみたいな存在だ。

 多分、周りも大体似たようなものだとは思うが。


「舞浜さんは、何回か行ったことはあるの?」

「もちろん。小さい時なんて、誕生日のお祝いはいつもあそこだったから」

「うわあ、いいな」


 きっと特別感があるのだろう。正直に言って羨ましい。


「良かったら、今度一緒に行く? 案内するよ?」

「えっ、いいの……?」


 それはもはや「デート」というやつではなかろうか。

 というか、唐突が過ぎて話についていけない


「ツアーガイドが欲しくなったら、いつでも呼んでよ」

「じゃあ、そうさせてもらいますね」




 ……とまあ、この時はそんな感じに落ち着いたのだが。

 結局、彼女と初めて「あの場所」に行ったのは。

 ツアーガイドではなく、恋人としてだった。


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