Ep.2 楽しいキャンパスライフ

 新入生オリエンテーションから、3週間が経った4月下旬。

 高校までとは打って変わった学生生活にもようやく慣れ、空いた時間には自由を楽しむ余裕も出てきていた。

 ちなみに一目惚れの舞浜さんとは、幸運なことにそこそこ親しい関係になった。

 それどころか、時間割もほぼ一緒で、平日のスケジュールはお互いに把握済みである。


三木口みきぐちくん、今どこ? 教養終わったから一緒にお昼食べない?』


 午前の講義が終わると、さっそく彼女からのお誘いメールがやってきた。


『いいよ。ちょうど食堂来てる』


 返信してから数分と経たないうちに、彼女に肩をたたかれる。


「お待たせ。行こう」

「いいよ。それにしても、教養やってるのってここから遠いよね? 急いできたの?」

「ううん、いつも通りだよ。まあ私は歩くの速いって、よく言われてるから」

「そっか」


 彼女に置いて行かれないように、少し速足で行ったほうがいいのかな。




 ******




 学生や先生がひしめく昼休みの食堂でも、そこは大学。

 2人が向かい合って座れる場所は、簡単に見つけられた。


「そういえば、舞浜さんって休みの日は何してるの?」

「んー、大体どこかに出かけてたりはするけど。もしかして、デートのお誘い?」


 そんないたずらっぽく笑わないで欲しい。可愛くてにやけそうだから。


「いや、そういうのじゃなくて!」

「ま、別にいいよー。三木口くんなら」

「えっ!?」

「どうしたの、ドキッとした?」


 悪魔ですか貴女は。でもそんなところが好きです。


「別にお誘いとか、そういうのじゃないから安心して」

「それはそれで少し残念だけど、まあいっか」


 そういう思わせぶりなのは勘弁して下さい。午後の講義に集中できなくなりそうなので。

 とまあ、こんな調子で喋りはしても、まだそこまで踏み込む勇気はないのだった。




 ******




 そんな微妙な関係が変わりはじめたきっかけは、わずか数日後。

 うちの学部が毎年やっている、1泊2日の新入生キャンプでのことだった。

 目的はもちろん親睦を図ることと、有り体に言えば「サークルに参加していない人間が友達を作る救済措置」である。

 ちなみに僕自身もサークル非参加勢だが、そこそこ上手く立ち回れているので問題はない。

 部屋割りは数人ごとに適当で、学科が違うこともよくあることだ。

 ちなみに場所は、毎年の恒例で富士山麓だという。

 


「なあ、ミキスケよお」

「どしたの」


 既に友人のひとりとなっていた潮見が、ホテルの売店で買ったと思しきポテチをつまみながら話しかけてきた。


「お前さあ、結構女の子と仲良いのな?」

「えっ? 別にそんなことないとは思うけど」

「だって昼メシのとき大体そうじゃん。この前も食堂で見かけたし」

「あー、舞浜さんは確かに一緒にはなるけど……別にそこまで親しいわけでもないよ」

「あのなあ」


 不意に立ち上がり、仁王立ちで僕を睨みつける。


「なんだよ急に、そんな怒るほどのことじゃないだろ」

「お前、ここがどういう場所か分かってないだろう!」

「大学の新入生キャンプ」

「ああ違うそうじゃない! この学部が! この学科が! 男女比いくつだと思ってんだよ!?」


 なるほど、要するに。


「女子とフツーに話ができてる僕が羨ましいってだけか」


 すると潮見は、苦虫をまとめて1000匹ほどかみつぶしたような顔をしながら吼えた。


「滅べ! このラノベ主人公が!」

「どこが主人公だよ!? ていうか何だよその呼び方!」


 確かに舞浜さんも含めてうちは女子が5人くらいしかいないけどさ。


「うちは理系だから女子少ないけどさあ、みんなサークル参加してるんでしょ? だったらそこで出会い位あるんじゃないの?」

「お前は余裕しゃくしゃくで良いよなあ、全く。んで、まだ付き合ってないのか?」

「そこに来るのかよ!?」


 嫌だよこんな連中に向かって洗いざらいぶちまけるのは。


「どうなんだよ~言えよ~恋愛遍歴皆無の俺たちに教えてくれよ~」

「うわっ! ゾンビみたいに寄るなっ!」


 気が付けば、同室の男子全員が車座になって集まってきていた。


「ミキスケ、観念しろ」

「なんで僕が悪いことしたみたいになってるの」

「お前が入学早々そんなことしてるからだ」

「絶対関係ない」

「それで、どうなんだよ?」


 ここまで来て、とうとう僕はあきらめた。


「うーん、舞浜さんは性格よし顔よしって感じだけど、何かこういう話するの、舞浜さんに悪い気もするんだけど」

「んなとこまで考えすぎだよ、つかどこまで惚れてんだオメーは」


 外野から割と腹の立つヤジが飛んでくる。


「落ち着け葛西、吐かせるだけ吐かせよう。まずはそこからだ」

「ちょっと!?」

「ミキスケ、お座り」

「最初から座ってますけど!?」

「まあとりあえず落ち着け、クールダウンだ。で、舞浜さんのことはどう思ってんだよ? まだコクってないのか?」


 本題きたる、か。


「まあ、好きか嫌いかで言えば好き、だけど」

「おおおおお……!」


 周囲から、地響きのような声が上がった。


「何がおお、だよ。何をどう拗らせたらそうなるのさ」

「いいから続けろ」

「はいはい。好きって単語一つでもさあ、色々あるわけじゃん? 理屈っぽいけど、単なる好意と恋愛感情のボーダーってあるけど、なかなか踏み越えづらいというか」

「なるほどなあ」

「感心するところじゃないでしょ。むしろ何をどうしたらそうなるの」

「だって俺、男子校だったし」

「僕が悪かったですごめんなさい」


 そりゃあ女の子に話しかけるのも苦労するよね。

 僕は共学だったし学校の方針で体育も男女一緒に受けてたし。

 そんな感じにどんちゃんしていると、僕の携帯が鳴った。

 相手は、今さっき話題にしていた「彼女」だった。


「お、早速電話来たかあ!?」

「うっさい」


 とりあえず部屋を出て、廊下の隅で着信を受ける。


「もし、もし」

『三木口くん?』

「どうしたの、急に」

『あのさ、下に売店あったでしょ?』

「うん」

『ちょっと、買い物付き合ってくれない?』


 何と。意外なお願いだった。


「いいよ。今から行けばいい?」

『待たせちゃうかもしれないけど、大丈夫?』

「待ってるのは、嫌いじゃないから」

『そっか、ありがとう。じゃあよろしくね』

「後でね」


 電話を切るなり、さっそく売店へと向かった。

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