第1章 出会いはまるで夢のように

Ep.1 可愛く明るい元気っ子

 僕と彼女の出会いは、今からおよそ1ヶ月前にさかのぼる。

 武蔵工芸大学、デジタル芸術学部。

 都会の高層タワーの中にある、定員100人ほどの教室だった。


『デジタルサイエンス学科 新入生オリエンテーション』


(場所はここで、あってるな……)


 全く知らない人間と会って話をしなければならない、というのは3年前にも経験していることではあったが、高校と大学ではやはり空気が違う。

 日本全国、さらには海外からも色々な出自の人間が集まる。

 緊張感半分、何かに対する期待感半分で、教室の扉を開いた。

 高校の教室にあるそれよりも倍くらいの長さがありそうな黒板には、外の張り紙と全く同じ内容が書かれていた。

 その隣には、「座席は学籍番号順です。前の座席表を確認して下さい」とも。

 確かに、何枚かA4サイズのプリントが貼られていた。

 自分の席は、列の最後尾。

 これはこれで大丈夫なのかな、と一抹の不安を覚えた。

 ついでに隣の席の学生も確認してみる。

「舞浜 千春」とあった。


(千春……じゃあ、女の子なのかな? こんな男所帯のところにもいるもんだなあ)


 芸術学部を名乗っているとはいえ、その正体は立派な理系である。

 教室を見渡す限り、いるのは男、男、男。

 高校は理系選択だったし別にどうでもいいのだが、女の子がいるといないとでは雰囲気も大きく違ってくる。

 教室の時計が集合時間を示す頃に、ようやく隣の席が埋まった。


「ごめんなさい、教室迷っちゃって」


 まるでホットケーキのような、とてもふんわりとした声。

 条件反射で振り向いた。

 くりっとした目に、奇麗な茶色の瞳。

 髪は肩までかかり、先っぽはゆるく巻かれている。

 彼女が座ると、まるでどこかのお姫様のような香りが広がった。

 

「後で自己紹介すると思うけど、先に」


 彼女はいたずらっぽく笑って、名乗った。


舞浜千春まいはまちはるです。よろしくお願いします」


 自己紹介をされた瞬間、自分の心臓が跳ねる。

 ああ、これが世に言う「一目惚れ」というやつだろうかと、僕は思った。

 彼女が着席したと同時にオリエンテーションが始まり、大学の説明から学部の先生紹介に履修登録の仕方、その他諸々大学生活に必要な説明が終わると、最後に学科単位で自己紹介。

 そちらはキャンパスの紹介も兼ねて、教室を変えて行うのだという。

 目的地は全員一緒なので、2列でぞろぞろと学科長の先生についていく。


「三木口くん、隣、いい?」

「うん、いいよ」


 早速僕の隣にやってきたのは舞浜さんだった。

 こういうときは、何を話せばいいんだろう。


「ねえ、三木口くんってアルバイトとかもうしてるの?」

「うーん、まだかな。色々考えてる感じだけど、早めに決めないと遊びに行ったりとかできなくなっちゃうしねぇ。舞浜さんは?」

「私はもう3月くらいからやってるよ。まあそんなにお給料高いところじゃないけど、そういうのは早め早めに稼いでおくといいよってお母さんが」

「そっかー。春休みだからってのんびりしすぎちゃったな」



 そういえば、自分もそんなことを言われたような気がする。

 少し胸に刺さったのはそのせいだろう。




 ******




 たどり着いた講義室は、先ほどまでいた講堂より半分ほど小さい。

 跳ね上げ式の椅子が、ざっと見て200席弱。

 教室へ入った順番に前から詰めていき、全員が座ると中はほぼ定員になった。

 机の上には、1枚の「自己紹介シート」と書かれたプリントが置かれていた。


「えー、机のプリント見てみんな察したとは思いますが、簡単に説明をします。まずはこの『自己紹介シート』の項目を埋めてもらって、その後に座席の前後左右の人と交換しながら自己紹介をやってください。書く時間は今からにしますので、どうぞ」


 氏名、出身地、趣味その他もろもろ。

 後半は悩みながら書いていると、あっという間に時間が経ってしまっていた。


「そろそろ書けましたかね? まだという人がいたら挙手お願いしまーす」


 そこまで項目もなかったので、手を挙げた人はいない。


「じゃ、まずは隣同士で、終わったら前後の人とお願いしまーす」

「だって。じゃあ改めてするね、舞浜千春です。出身は……」


 交代して僕も一通り終わると、いよいよ他の人とである。


「潮見渚、高校は工業高校。ゲームが好きです。よろしく」

「葛西雪成です。高校までずっとサッカーやってました」


 意外なことに、体育会系もいた。

 大学というのは本当にいろいろな人が来るらしい。

 自己紹介も終わって、ようやく解散。

 帰りに、舞浜さんに呼び止められる。


「ねえ、三木口くん」

「なに?」

「あ、あのさ……連絡先、交換しても良い?」



 女の子からそんなことを言われた瞬間は、なかなかに緊張した。

 多分それは向こうも同じだっただろう。

 二つ返事で了承し、懐から携帯を取り出す。

 この恥ずかしながらも何気ないやりとりが、僕らの始まりだった。

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