僕の彼女はミッキーマウスに恋してる
並木坂奈菜海
僕の彼女はミッキーマウスに恋してる
東京ディズニーランドで、初めてのデート。
今いるのは、トゥモローランドの劇場、「ショーベース」。
舞台の一番奥に見える、映画の都ハリウッドをイメージした幕。
それを覆い隠すように、金色のテープが勢いよく下りた。
それまで2人仲良く踊っていたミッキーとミニーは、右左の袖へと別れ、それと同時にダンサーも入れ替わる。
男性は金色のシャツに白の上下、女性は銀色のワンピース風衣装だ。
そろそろショーはクライマックスになるのだろうな、となんとなく感じた。
ふと右隣を振り向いてみると、座っていた僕の彼女、千春の様子が一変していた。
かすかに聞こえるくらいの音量で、歌っている。
恐らくは歌詞を口ずさんでいるのだろう、 小さい声ながらも何となく聞き取れる。
それだけではない。
時折鼻をすすり、涙をこらえているかのようなしぐさをしていたのだ。
「どうしたの?」
「——!」
尋ねた瞬間、突然僕の腕にしがみついて、答えようともしない。
ただ、その視線は舞台に固定されていた。
まばたき1つせず、まるで何かを待ち続けているかのようだった。
これ以上彼女を見つめていても仕方がないので、舞台に視線を戻す。
ダンサーたちが舞台の中央に密集し、彼らの作った壁の向こうに、黒い耳と頭、そして銀色の衣装がちらりと見える。
その人物は急に背筋を伸ばし、後ろ姿を見せたままポーズを決める。
ダンサーがまた左右へ分かれると、ステージが暗くなり、ようやく客席を向く。
その瞬間、千春の体がびくっと震えたのが腕越しに伝わった。
スポットライトが差し込むと、周囲から歓声が上がる。
流石は『ミッキーマウス』だ。
千春はようやく僕の腕から離れ、今度は自分の口を覆いながら息をのんでいた。
曲は既にサビに差し掛かっており、ダンサーと一緒にミッキーも踊り始めていた。
途中でミッキーは踊るのをやめ、舞台の左側から客席に向かって、移動しながら手を振っていく。
ミッキーが視界の中心に入ると、千春も手を振り返す。
「ミッキー……ああん……」
そしてハンカチを取り出し、泣き出した。
「だ、大丈夫!?」
「へいき……いつものことだから」
いつものことだって!?
驚愕という文字で後頭部を殴られるような、そんな感覚に陥る。
ミッキーを見ただけで泣き出すのか……。
そのあともショーは続いていたようだったけれど、千春の様子が気になるあまりほとんど覚えていない。
******
ショーが終わると、千春は夢見心地な表情で歩いていた。
「ミッキー……はぁん……ミッキー……」
「あのさ、千春」
「なあに……?」
「本当に、好きなんだね」
こんな所へ来て、僕の頬は初めて引きつりを覚えた。
「そりゃそうよぉ、ミッキーだもの……。ミッキーマウスは『輝くスター』なんだよ」
輝くスター、の部分がやけに強調されていたような気がした。
ここまで来て何となく察してはいたが、どこか寂しい気分になる。
「あのさ、1つ聞いてもいい?」
「なあに?」
「僕って、千春の彼氏だよね?」
「そうだよ。ゆめくん大好き」
相変わらずのニックネーム呼びだ。
「じゃあ、ミッキーは何なの?」
「スターじゃない?」
「それはなんとなく分かったけど。じゃあ、僕とミッキーだったらどっちを取るの?」
「ミッキーかな」
まさかの即答だった。
もう少しぐらいためらいというか、溜めがあっても良いと思ったのに。
「僕の立場はどうなるのさっ!?」
「ゆめくんは好きだよ、1人の男子として。それはホント。ウソじゃない。でもミッキーはゆめくんより上なの。ごめん」
「デートの最中に、そんなこと言っていいの?」
「ゆめくんには、ウソつきたくないから」
申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。
「分かってる。でも、ちゃんと伝えたいの。ゆめくんが、好きだから」
多分、彼女の言葉は本心だろう。
だからこそ、僕はその態度に驚愕しつつも確信した。
彼女は、まごうことなきミッキーを愛するディズニーオタクである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます