ぴちゃん、と音がした。


洞窟の中は音が反響して、僅かな水音でも大きく響くのだ。


ぴちゃん、ぴちゃん。


溶けた雪の雫が、洞の入り口あたりで一定の間隔で落ち続ける。


むくりと、暗がりの奥で動く影がある。


かすかに動いた後、再び洞の中に沈黙が落ちた。




男には宝物があった。


大切な大切な宝物。


亡き妻の忘れ形見。


毎日、輪郭を優しく撫で、髪をきれいに櫛梳った。


片方の耳には碧玉の耳環。


なけなしの財産で妻に送った、たった一つの装身具。



腐臭がする。


朽ちて柔くなった肉がぼとりと落ちた。


手の中の宝物は、すでにほとんど骨が見えていた。


男はぼんやりと、今は何日だろうと考える。


「ああ、あの爺さんに会わなきゃなあ」


声は平坦で、無機質に響いた。



握りしめた手からは、小さな碧玉が覗いていた。








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