ある夜





范溙はまるで意地になったかのように毎日慈善寺に訪れた。


柴宿が玲瓏山に薬草を取りに行くときも、市に出るときも、あからさまに柴宿にぴったりとついて回った。


柴宿はくすくすと笑いながら、嫌がる范溙によく世話を焼いた。


そうして三月が過ぎた。


ぽつり、ぽつりと慈善寺には病人が訪れるようになっていた。



穹が暗みはじめ、柴宿は目を眇める。


茜の穹に一陣の突風が吹いた。


落葉がざあっと掃かれて転がる。


不意に、背後から影がさした。


ちゃ、と范溙は反射的に鞘から指一節分だけ刃を抜く。


「雨が降りそうですね」


す、と范溙を片手でさりげなく制すと、柴宿は薬を包みながら話しかけた。


無言の影に、柴宿は続ける。


「先日は、お休みのところを失礼しました」


影はぴくりと反応した。


押し黙る影に、范溙は振り返った。


ざわりと鳥肌が立つほどの凄艶な美姫。


ごくりと范溙は思わず息をのむ。


次いで振り返った柴宿は、ああ、と呟いて小さく笑った。



「そのお姿では初めてお会いしますね」


淡く微笑む彼に、憐花は美しい眉間に皺を寄せた。


「……そなた、知っておったのか」


りいん、と空気が震える。


結界を張ったように、空間から音が消える。



柴宿は首肯した。


とろりと濃密な香りが辺りを包む。


「菊花茶でもお淹れしましょうか」


柴宿はおっとりと微笑した。

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