狸爺





「この者たちが、彩霞で一番の腕利きですか?」


おっとりと尋ねる人の良さそうな顔に、范溙は心の中で気を入れ直した。


この柔和な笑みに騙されてはいけない。


彼はただの兎ではない。


慎重に頷くと、柴宿は会心の笑みを浮かべた。


ピシッと范溙の体が固まる。


おずおずと柴宿を見上げると、彼は悪戯をたくらむようにくすりと笑う。


「では、貴方たちにお願いがあります。この寺の南側の塀を全部、壊してください」


「は……はい?」


大工たちは柴宿に言われて持ってきていた槌を肩に抱えたまま、おどおどと尋ねる。


「あのぅ……壊しちまっていいんで?」


「そうです、この塀を全部壊してください。このように」


柴宿は微笑んだまま、大工の槌を手に取ると勢いよく塀に打ち付けた。


ばらばらと塀の破片が飛び散り、壁が崩れていく。


范溙は眼を剥いた。


大工たちは、おおお、と感嘆の声を上げ、勢いづいたように塀を壊していく。


「柴殿っ?何をなさっているのですか!」


「此処は診療所でしょう?ですから、道を作るのです。病に苦しむ方々が、気軽に入ってこられるように」


柴宿は動じる様子もなく、優美に微笑んだ。







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