遭逢
慈善寺の北側に聳える玲瓏山は、神仙の宿る山として崇められていた。
流れる水は虎狛川へと続き、いくつもの支流となって東に繋がっている。
東にはいくつかの村があり、数種類の茶を栽培していた。
玲瓏山の麓では、都では見られない珍しい草花が育つ。
特に慈霜草は、草木の枯れる冬の時期に赤い実をつけ深みのある優美な香りを漂わせるため、死の邪気を祓う霊薬とも呼ばれていた。
かさ、と草を踏みしめる音を聞いて女はぴくりと睫毛を揺らした。
「……誰です。」
低い声で短く問う。
「これは……。お休みのところを失礼致しました。まさか、かようなところで魅力的な才媛にお会いしようとは思いませんでしたので」
笠を被った男が、女を見て慌てたように背を向けた。
背から下げた大きめの籠には、鬱金や芍薬、桂皮、益母草、紅花、防風などが入っている。
「商人か何か?」
男を確認して、また瞼を閉じると、女はさして興味もなさそうに問いかける。
「いえ、今朝がた彩霞に到着した医師です」
男は少し沈黙して、穏やかな声で答えた。
「医師、ね」
起き上がって襦と腰帯を整えると、女は男を一瞥して鼻で嗤った。
「薬草なら、その先の小道を右にいけばたくさんあるわ。ここはやめた方がいいわよ。蛇が出るから」
「ご丁寧にありがとうございます。でしたら貴女もここでお休みになるのはおやめになっては」
思慮深く気遣いに満ちた声に、女は無言を通した。
「お気遣いどうも。もう行って」
ぴくりと男が肩を揺らした。
女の声が氷雪のように冷えていたからだ。
男は暫く黙すると、そのまま笠を目深に被り直しその場から立ち去った。
男が立ち去るのを見届けると、隙のない笑みを浮かべていた女の体からふうっと力が抜けていく。
女の体が崩れ落ち、辺りの気配が紅く染まる。
「……哀れなものよ。愛するものに殺される相じゃ」
さら、と艶やかな髪が肩を滑り落ちる。
柔らかく透けるような被帛を纏い、滑るように木々の間を通り抜ける。
濡れたような妖艶な唇から吐息がこぼれる。
「ほんに、愚かよの」
愛おしむように呟くのに、その瞳には侮蔑が入り交じっている。
つ、と視線が遠くを見つめた。
山裾の古い寺。
男が武官から薄葉紙を受け取っている。
くつくつと、喉の奥で笑い声が響いた。
「ほう?あの者が愛するのは……」
面白そうに目を歪め、彼女はふっと姿を消した。
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