老齢の美丈夫
彩霞島の市はさして大きくはない。
ここ彩霞において主だった産業は茶の栽培のみ。
水こそ豊富にあれど、貴重な資源や技術はほとんどない。
都の商人が、辺境の彩霞に危険を犯して商売をしに来るには、あまりにも利がないのだ。
赤や桃色の絹や、翡翠の玉佩を見るともなく眺める。
ふくよかな体つきの女の人から「贈り物かい?」と笑顔で問われて、范溙は慌てて店に背を向けた。
「お待たせ致しました」
新しい鍼や薬などを市で調達したらしい柴宿がこちらに歩いてくる。
「貴殿に頼み事があるのですが、お聞き入れ下さいますか」
柔らかい物腰で声をかけられ、范溙は内容も聞かないまま反射的に頷いてしまった。
柴宿は黙って笑みを深めた。
「清潔な布と薄葉紙をできるだけ沢山集めて下さい。強いお酒を用意してください。蜂蜜か砂糖が手に入ればそれも。海水をここに掬って下さい。それから腕利きの大工を何人か集めていただきたい」
「は?……はい」
范溙は柴宿の次々に飛んでくる頼み事に目を白黒させた。
意外と人使いが荒い。
半分は目的もよく分からない。
ただとにかく忘れてしまう前にと急いで踵を返した。
「ああ、それから」
後ろからかかった声に、まだあるのかと彼は片頬を引き攣らせる。
「姉君か妹君がいらっしゃるのですか?先ほど装身具をご覧になっていたのでは?よろしければ、私がいくつか見繕いますが」
人の良さそうな優しげな笑みで柴宿は彼を見つめた。
范溙は慌てて否定すると、柴宿の頼みごとをこなすべく急ぎ足でその場を離れた。
くすりと、柴宿の愉しげな笑顔が見えた気がした。
何故か騙されたような気になって范溙は僅かに顔を歪めた。
ずいぶんと間の良いこの人は、もしかすると自分の様子を見計らっていたのではないか。
寺で感じた罪悪感や、先ほどの店でのやり取りや動揺を、この人にうまく利用されているのではないか。
女のおの字もない見るからに武人一筋の范溙に、恋人ではなく『姉君か妹君』がいるのかと問うてきたあたり、相当したたかなのではと、ちらと思う。
この人は、本当に望めば彩霞城にだっていられる人だ。
ただの勘だったが、柴宿の真実を本能で感じ取った范溙は心の奥でそっと彼に対する警戒を強めたのだった。
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