彩霞島






彩霞島は皇都・海紗の北西にある辺境の地である。


「柴宿と申します」


渡し場で目深に被った笠をゆっくりと脱ぎ、柔和な笑みと共に太守に頭を下げたそろそろ華寿になろうかというその男性は、三十年前は例え都の女たちでも絶対に放ってはおかなかったに違いないと思わせるほどの美しい貴公だった。


身なりは決して華美でも豪奢でもなく、む

しろ彼の貧しい暮らしぶりを十分に窺い知れたが、着こなしや振る舞いにはその品の良さや高潔さが滲み出ていた。


「そなたが柴家の三男か」


太守は頭のてっぺんからつま先までじろじろと彼を観察していたが、やがて興味を失くしたように護衛武官に長い顎鬚でくいと合図をすると、彩霞城へとあっさり戻っていった。









「柴殿、こちらへ」


護衛武官の范溙は無駄のない峻厳な動きで軽く頭を下げると、先に立った。


馬で川沿いの上り坂を進む。


数刻のち、こちらです、と手で示した場所は慈善寺という古い寺だった。


柴宿に入るように促し、范溙は黙り込む。


屋根には苔が生え、床板はところどころ腐って穴があいている。


年に一度申し訳程度に掃除に来る以外には人が足を踏み入れることさえないこの寺が立派に手入れされているはずもなく、梁や柱は煤けて蜘蛛の巣が張っていた。


柴家といえば、伝説の国仙、柴季英を輩出した名門の医家である。


然し、柴家当主であった柴榮玉が先帝の治

療を拒み、反逆罪に問われ斬首されて以降、柴家の名声は失墜したのだった。


全国津々浦々放浪の旅に出ていた柴宿は、連座で処刑こそ免れたものの、彼に好意的に近

づく人間がいる訳がなかった。


「素敵な場所ですね。静かでいい」


穏やかながら魅惑的な声で柴宿が礼を述べると、范溙は決まり悪く目を逸らして浅く礼を返した。


趣といったものから縁遠い范溙でも、『素敵な場所』が柴宿の心遣いから来た言葉だと理解していた。


「……さて、」


大量の医学書や灸の道具、衣服など、一通り荷をあらためた柴宿は、ふと顔を上げて振り返るとにっこり微笑んだ。


「市へ連れて行って頂いても?」









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