第四話 ずっと友達でいようね

一 気まずいあの子

 「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、わたしは、ここに、いるよ、わたしは命、永遠の命だって……」

――ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』


 バックミラーに母の顔があった。鏡の中の母と視線が合う。宍戸瑠兎ししど るうは視線を逸らした。車窓を、収穫を終えた田んぼが流れていく。乾ききった稲の根が、数えきれないほど通り過ぎていく。

 瑠兎は後部座席が好きだ。車内の空間を一望して、支配している感じが良い。詰めれば三人座れる席を一人占めしているのもゴージャス。安全なところで守られて、指図だけすればいい司令官みたいな気持ちになる。

 自転車が一台、歩道を通りすぎた。高校生らしき男子が悠々とペダルを漕いでいく。白の半袖ワイシャツ、肩に刺繍された校章。どこの高校だろう。

「風、ないね」

 母のつぶやきに瑠兎が「うん」と応じる。空は暗い雲に埋めつくされている。天気情報によれば、台風はこの地方を直撃はしないらしい。それでも夕方には暴風雨になるそうだ。

 今日は金曜日。塾のある曜日ではない。瑠兎は帰宅部だから、普段なら友人たちと街歩きでもしている時間帯だ。法事のため、祖父が一人暮らしをしている家へ母と向かっている。

(めんどくさ)

 祖母の七回忌があるのは明日だ。身内だけの集まりに過ぎない。わざわざ前日に泊まりこむ必要は、普通なら無い。いろいろ大人の事情がある。面倒だけど、しかたないとも思う。

 信号が黄色へ変わる。車の速度が落ちていき、停まる。窓の外はいつの間にか住宅街になっていた。横断歩道を高校生たちが列をなして横切る。弱い雨が降りだしたのか、傘を差している者もいる。

 瑠兎は気づいた。通りの建物に見覚えがあった。ここは東修蓮しゅうれん高校の近くだ。ダッシュボードのデジタル時計に目をやる。あと十分ほどで四時だ。台風が近づいているから、部活動や委員会活動を中止させて生徒を早く帰らせているのかもしれない。

 男子は詰め襟の学ラン、女子はセーラー服。もし瑠兎が祖父の家に残ったなら、きっとここを受験しただろう。いちばん近いここでさえ自転車で一時間近くかかるのだから、他の学校なんて考えられない。

(あれって)

 歩道に目が吸い寄せられる。セーラー服を着た少女が自転車を漕いでいた。胸元の青いスカーフが風になびく。

礼美れみ?)

 ガラス窓に手の平を押しあてる。自転車との距離がみるみる狭まっていく。とっさに瑠兎は視線を伏せた。車窓から離れると、歩道とは反対側へ顔を背けた。

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