6.夜戦

 状況が変わったのは、日が昇る遥か前の時間だった。

 幼い時から翁捨山おうすてやま深くに分け入っていた事によって培われた山狩師やまがりしの勘が何かを察知し、栄輔を眠りから呼び覚ました。

 屏風びょうぶカーテンを開けると、ほぼ同時に屏風カーテンを開けた雀と目が合った。

「雀、やっぱりか!」

「栄輔、あんたも聞こえたのか!」

 雀との会話で栄輔は自分を起こしたのが音だという確信を持った。動物の鳴き声や植物の運動音が止んだ数瞬、かすかだが確かに何かがぜるような音が聞こえた。

 すぐに屏風カーテンを全開にし、梯子に手を掛け殆ど飛び降りるように床へ降り立った。

 前部機関車への連絡口にある窓の向こうで、列車長を始めとするそこに詰めている面々が慌ただしく動き回っている事が分かった。

「栄輔、こりゃ防禦服ぼうぎょふくを着ておいた方がいいな」

「そうだね。着たら屋根かい?」

「いや、まだ何も言われてないから着るだけだ。丸蓋のロックを外すのもまずいかもしれない」

「分かった」

 雀と相談を交わしながらも栄輔の手は自分のロッカーの取っ手に伸びていた。戦闘になるにせよならないにせよ防禦服は着て損はないと思っていた。

 防禦服本体には下着姿のまま体を入れた。中で素肌と擦れて後で辛い思いをするだろうが、服を着ている暇もなさそうだった。

 手袋をめながら第一貨物車の後ろの方に目を遣ると、格納スペースの通路の真ん中、丁度すぐ上に探照灯がある辺りで飯炊めしたき探照灯たんしょうとうを仕舞おうとしているのか、天井をがちゃがちゃ弄繰り回し、その奥では梯子に掴まって寝台に片腕を突っ込み、もう一人を叩き起こそうとしているらしいきねうすどちらかの影が見えた。

 裾付きメットを被り本体と接続していると、背嚢の下敷きになっているブーツを取り出して履くのを後回しにしていた足に何か振動を感じた。

 今は止まっている発動機がもたらすそれとは明らかに違う一定の周期を持ったその振動の源は、轟号とどろきごうを揺さぶりながら徐々に近づいてきていた。だが栄輔にはそれが自分を起こした音の元であるとは思えなかった。

 背嚢を退かしてブーツを履いていると、近づいてくる振動を打ち消すように機関車の発動機が動き出し、第一貨物車をも震わせた。

 続いて車内の電気灯が弱々しく灯り、列車長の怒鳴り声で「急速発進。衝撃に備えろ!」と車内放送が響いた。

 次の瞬間、八裂市の時よりも遥かに乱暴に轟号が走り出し、たちまち最高速度に躍り出た。

 同時に旧駅舎の壁に大穴が穿うがたれ、先端に小さなはさみの付いた細長い脚が崩れ落ちる瓦礫と共に進入してきた。

 いきなりの発車で床にしたたかに叩きつけられた栄輔は、横倒しの視界の中で穴から二本、三本と駅舎内に脚が更に入ってくる光景と、穴が広がるのに併せて均衡を崩した轟号の真上辺りの天井が撓んでいくのを目にした。

 何とか体勢を立て直し、乗降口の窓に顔を押し付けるように後方を見遣ると、つい先程まで轟号があった場所に鉄骨が降り注ぐのが見えた。

 轟号は機関部が焼け付くのではという速さで旧駅舎を飛び出し、少し遅れて列車長の「総員、戦闘配置。奴を振り切るぞ」という先程よりもほんの少しだけ落ち着いた声で放送が入った。

 栄輔は雀と顔を見合わせて頷き合い、梯子を上って丸蓋から屋根へと出た。

 二人で機銃座に身を滑り込ませ、雀に束帯弾倉そくたいだんそうを装填してもらっている間に栄輔が轟号の左後方に目を向けると、旧駅舎の壁を轟音と共に突き破り、巨大な足と振動の主が姿を現した。

 轟号の見張り櫓よりもさらに高くにある胴体は丸みのある五角形で、見ていると吐き気がしてきそうなほど無数の棘がみっちり生え、前方に二つの複眼、左右に四対計八本の長く伸ばされた脚を生やし、一番前の脚は地面に着かず代わりに先端に鋏のような爪が付いた鋏脚きょうきゃくになっている、巨大な蟹――というには脚が二本足りない甲殻類は、芥村では馴染みの深い異形変異いぎょうへんい生物せいぶつだった。

「あれは……霧脚きりあしだ!」

 霧脚は非常に長い脚を持ち、霧が深い夜に長く足を延ばして縄張りを巡回することからこの名で呼ばれる。

 芥村で山狩師をしていた頃、栄輔や仲間達が宿舎にしていた元民宿は、北西から南東に向かって走る村の規模に対してかなり太い道に面していた。

 そこが丁度霧脚の巡回ルートになっていて、栄輔も度々、霧がない日は脚を短く縮めた、霧の出ている日は長く伸ばした霧脚がその道を通るのを見かけた。

 草食性で普段は大人しいが同時に非常に神経質な性格で、一旦怒らせると手が付けられなくなる事から、霧が出る晩は無闇に外を出歩かないというルールと共に霧脚を迂闊に刺激しないための配慮だった。

 今、微かに菌糸雲きんしうんが見える夜空にはその隙間から満月が丸く高く上り、地上も前部機関車の更に前面に装備されている前照灯ぜんしょうとうが、第一機銃座から点になって見えない程どこまでも先を照らしていた。

 また、轟号は夜間は発動機を止め外からでも分かる程強い光を焚いている上、少なくとも栄輔が見た限りでは霧脚の巡回ルート上に旧駅舎があるような痕跡は無く、霧脚の方も駅舎の壁を突き破って来た時点で明らかに興奮していた。

 それらの事柄から考えて、自分達が何か霧脚の気に障るような事をしたのではなく、本来の巡回ルートを回っていた霧脚をひどく興奮させるような事態が起こり、巡回ルートを外れた先に偶々居た轟号がとばっちりを受けたと言った方が正しいという結論を栄輔は出した。

 あの霧脚の本来の巡回ルート上で何があったのかや、それは栄輔や雀を起こした音と関係があるのかという疑問も残っているが、今はそれよりも霧脚を振り切る事が優先事項だった。

 霧脚はその巨体からは想像出来ないような速さで轟号に追いつき、ぼうと灯る側照灯そくしょうとうがその光を吸い込んでしまうような青黒い脚を照らし出した。

 途端に轟号の屋根のあちこちから赤い破線が霧脚に向かって飛んで行った。

 半分が胴体を狙い、もう半分が脚を狙っていた。栄輔は一番近くにあった右側の前から三番目の脚を狙って機銃の把柄はへいを引いた。

 だが上に高く角度の付いた胴体狙いは大半がへそを曲げたように的の手前で下を向き、忙しなく動き回るせいで脚狙いも当たる弾より外れる弾が殆どだった。そして胴体狙いにも脚狙いにも共通していたのは上手く火線が霧脚を捉えても、当たった場所で火箭が途切れたり真っ直ぐ貫いて行ったりせずあらぬ方向を向いてどこかへ飛んで行ってしまう事だった。

 銃撃が始まってかなり後になってようやく火砲車の砲撃が始まった。

 稲光のような発火炎が砲塔を照らし、放たれた火球が大型植物群を明るく照らしながら霧脚に殺到した。

 だが俯仰角を付けられない火砲車の七五ミリ砲は必然的に脚を狙わざるを得ず、忙しなく動く脚に旋回速度の遅い火砲で狙いを付けるのは至難の業のようで、砲撃は悉くが外れて目標以外の物に当たって爆炎を撒き散らし、上手く霧脚の側で炸裂し爆風が轟号の車体を揺さぶっても堅牢な甲殻を持つ霧脚には大して効いていないようだった。

 こちらが止まれば霧脚も止まって火砲車が狙い易くなる可能性もあるにはあったが、同時に霧脚に轟号にしがみ付く隙を与え、七五ミリ砲が致命傷を与える前に轟号が破壊されてしまうかもしれないという事を栄輔は理解していた。

 轟号が相手に有効打を与えられずもたもたしている間に、霧脚の攻撃が始まった。

 右一番前の鋏脚がゆっくりと振り上げられ、爪が小さいなりに大きく開かれるのが月光に照らされてよく見えた。

 同時に向けられるだけの銃撃が振り上げられた鋏脚に向けて放たれた。

 丁度その時目と鼻の先に鋏脚が来ていた第一機銃座の栄輔も照準を鋏脚に定め、金属の嵐に加わった。

 何とか攻撃を踏み止まらせるか、少なくとも空振りさせようという目論見だったが、銃撃を物ともせず霧脚は鋏脚を第一貨物車目掛けて振り下ろした。

 不運にも轟号で最初に霧脚の攻撃を受けた場所は正に栄輔がいる第一機銃座だった。

 喧しい音と共に防弾囲いの三分の一程が紙のように剥ぎ取られ、軽々と後方へ吹き飛ばされていった。

 鋏の一撃を喰らう直前、栄輔は咄嗟に身を屈め、束帯弾倉を引っ張って機銃に横を向かせたので栄輔や機銃本体に大した事はなかったが、鋏が掠めた支柱を屋根に繋ぎ止める螺子留ねじどめが数個緩み、把丙を握り直すとぐらぐら揺れ易くなっていた。

「そういえば列車長の波動銃はどうじゅうは?あれなら霧脚も倒せるんじゃないか?」

 機銃を左右に振って具合を確かめながら栄輔は言った。

「使えるならとっくに使ってる!あれは網行列あみぎょうれつの巣で使った後壊れたらしい!」

 雀はそう言って前部機関車の方を指さした。見張り櫓のアーチの向こうに往復給弾おうふくきゅうだんしきのばら撒き銃を持った列車長らしい影があった。

「肝心な時に限って!」

 栄輔は毒づいた。

 間を置かずに次の攻撃が来た。

 第一火砲車まで下がった霧脚の鋏脚が再び振り上げられ、今度は前部砲塔目掛けて鋏脚を振り下ろした。少し離れた第一機銃座から見えるその動きは一見恐ろしく緩慢に見えた。

 狙いに気付いた前部砲塔が砲撃を止めて回避しようと必死に旋回し始めたが、機銃のそれよりも遥かに遅い砲塔では逃げ切れるはずもなく、長い砲身は鋏にがっちりと捕えられてしまった。

 霧脚の鋏爪きょうそうは食料となる木の枝を切り取る為、挟む力が非常に強い。

 その力を以て締め上げられた砲身は挟まれた部分がたちまち平たく潰れ、そこから先が上に向かってひん曲がり撃つことができなくなってしまった。

 轟号側もその様子を手をこまねいて見ているわけではなかった。

 物を掴んだことで霧脚の右鋏脚の動きが大きく鈍っていた。

 それを待っていたかのようにりったけの銃砲撃が霧脚に襲いかかった。

 狙えなくはない位置にいた栄輔も機銃の目玉型めだまがた照準器しょうじゅんきに鋏脚の付け根を捉え、撃った。

 機銃弾が当たっては弾かれ外れてはかすめ飛んでいく中、遂に有効弾が出た。

 有効弾を出したのは機銃ではなく、第一火砲車の後部砲塔だった。

 砲身を掴んでいる鋏脚のまさしくど真ん中を砲弾が直撃し、凄まじい爆炎を伴って鋏脚を切り飛ばした。

 爆風をまともに受けた霧脚の体が大きくよろめき、残された鋏脚の先端部が砲身を挟んだまま力なく垂れ下がった。

 その瞬間、轟号の屋根の上でどっと歓声が上がった。もどかしい思いをした末の豪快な一発だったのだから皆自分が当てた時のような喜び様だった。

 栄輔も叫ぶまでは行かなかったが、隣で連装ばら撒き銃に弾を装填している雀に見えるように左手で握り拳を作って喜びを主張すると、雀も視線を合わせずも右手で握り拳を作って栄輔に見せてくれた。

 だが霧脚が弱ったように見えたのはその時だけで、脚を一本失くしたのにも拘らずむしろ上がっていると思える程の速度で轟号に追いついた。

 丁度第一貨物車の真横に来た時、栄輔は霧脚と目が合った。

 菌糸雲の隙間から差す月光に照らされた、その五角形の胴体の上部のごくごく短い柄の先端にあるはずの一対の目は片方が無く、あるはずの場所に乾いた体液がこびり付いているのがうっすらと見えた。

 胴体を狙っていたどこかの機銃が当たったからなのかもしれないが、それを見てふとある可能性に思い当たった。

 もし霧脚の片目を吹き飛ばしたのが轟号以外の何かだとしたら、その何かが生物ではなく機械だとしたら、その機械がこの密林帯の轟号からそう遠くはない場所に潜んでいるとしたら、そこに潜んでいる理由が轟号を狙いを定め、隙あらば積み荷を取り上げようとしているからだとしたら――栄輔の連想はそこで足元からのけたたましい金属音で断ち切られた。

 第一貨物車が左右に大きく揺さぶられ続いて第一火砲車が、第二貨物車がというように轟号を構成する車両が一両づつ後ろに向かって左右に揺れた。

「大丈夫だ。線路がちょっとひしゃげた位じゃ轟号はやられやしない」

 雀が勇気づけるように言ったことで、栄輔は霧脚が残った脚で線路の道床を攻撃し、その影響でレール本体が少し歪んだことを理解した。同時に轟号が直接攻撃以外の原因で走行不能になるかもしれないという事も想像がついた。

「このままじゃジリ貧だな……」

 栄輔はぽつりと呟いた。

 霧脚が第一機銃座の前から少し後ろに下がり、それに併せて栄輔も轟号の後方に照準を向けた時、裾付きメットで狭い視界の片隅に屋根の中央、探照灯が仕舞われている辺りにうずくまって何か作業をしている飯炊の姿が映った。

「飯炊の奴、何してんだ?」

「探照灯の準備じゃないの?」

「探照灯!?こんな時にか!!」

 栄輔とほぼ同時に飯炊を見つけたらしい雀に栄輔が応えると、雀は呆れ返ったように更に言った。雀の疑問に栄輔が応える珍しいパターンだった。

 だが間もなく飯炊が探照灯を準備していた理由を栄輔は思い知ることになった。

 最初に感じたのは音だった。

 霧脚の太鼓の連打のように規則的に地面を鳴らす音とも、走る轟号が線路の継ぎ目を踏んで起こる鼓動のような音とも違う、地の底から臍の下まで響いてくる雷鳴のような音だった。

 夜が来たら乗り物の発動機を止め、強い明かりを焚いてじっとするという陸上運輸の定石を破り、藻類燃料そうるいねんりょうが燃えるドブ臭いにおいでせ返りそうな程発動機を回し、恐ろしい速さで密林帯を突っ走っている轟号には、今現在車体に攻撃を加えている霧脚に続き、いつどんな異形変異生物が襲ってきてもおかしくない状態だった。

 一体何が来るか、とても小さいが煙のように見える程の大群で襲ってくるグンタイケブリハムシか、口から吐く粘液弾で獲物を固め肉を溶かしてゆっくり啜るイトマキグモか、目の前に来るまで分からないこの状況はまるで、金を入れてハンドルを回すと玩具が入った紙製の玉を出す籤玉機くじだまきのようだと栄輔は冗談のように思った。

 霧脚が現れた時よりも遥かに早く音はその大きさを増し、第一貨物車の戸が不自然に揺れだしたその瞬間、植物と土塊を空高く弾き飛ばしながらどこまでも巨大な頭が鎌首をもたげた。

「なんてこった、甲竜こうりゅうが出やがった!!」

 雀が驚きのあまり掠れ気味の声で言った。

 甲竜が現れたのは霧脚の更に後ろの第四貨物車辺りだったがそれでも、だからこそ霧脚に輪を掛けて巨大である事が手に取るように分かった。同時に巨大である為に側照灯と天然の光の僅かな明かりでもその体の輪郭が良く分かった。

 細長い三角形の頭部には何を考えているのか分からない縦長の瞳を持った眼と少なく見積もっても頭の半分以上を占めている口があり、鱗に覆われ規則正しく凹凸が並んだ胴体や、後部機関車から遠く離れた場所で時折左右に揺れて木を薙ぎ倒す扁平な尾は、蛇と言うよりは足のないわにのようだった。

 栄輔には甲竜がこちらが細部を確認できるほど長い間轟号と並走していたように思えたが、それは実際にはほんの数秒の出来事で、甲竜は巨大な口をぐわッと開き、力が溜められた胴体を伸ばして一気に霧脚に噛み付いた。

 その瞬間何か生温かい液体が屋根の栄輔達に降りかかり、轟号は急停車すると同時に甲竜と霧脚が勢い余って飛び出していった方向へ向け、貨物車の屋根から一斉に探照灯の光を放った。

 そこに照らし出されたのはあまりにも凄惨な光景だった。まず甲竜の口の左右から霧脚の脚がはみ出ているのが見えた。

 栄輔が脚の付け根に向かって視線をわせて行くと、そこには甲竜に噛みついた部分で甲羅がV字形に割れ、肉や内臓がはみ出た霧脚が胴体から噛み砕かれ飲み込まれようとしている姿が目に入った。

 開閉する口から時折三重に並んだ牙が見え、強靭な顎の力で甲殻が割れる音は最早生物が立てる音ではなかった。

 霧脚はそんな状態になっても尚何とか甲竜から逃れようと青黒い体液を流しながらもがいていたが、甲竜はそれを意に介する事無く胴体の後部から霧脚を飲み込んでいき、霧脚の方は次第に動きを鈍らせていった。

 霧脚の胴体が甲竜の口内に見えなくなった直後、思い出したようにじたばたと残った脚が暴れ出したが、甲竜が一度地面に叩きつけるともう霧脚は動かなくなった。栄輔は霧脚が死んだというよりは脚が折れて動かせなくなったと言った方がいいという印象を受けた。

 やがて甲竜は霧脚の脚の先まで残さず食べ尽くしてしまうと、執拗に探照灯を向ける轟号を不満げに一瞥いちべつし密林帯の奥へと消えていった。

 栄輔はそこまでの様子を機銃を一発も撃たず、ただ見ていることしかできなかった。

 轟号が攻めに攻めあぐねてようやく鋏脚一本を切り落とすのが精一杯だった相手をいとも容易く食べてしまった甲竜の力は、ただただ恐ろしいばかりだった。

 轟号と霧脚の戦いのあまりにも呆気ない、だが壮絶な幕切れだった。


 周りに守ってくれる壁がない今、屋根の探照灯だけでは危険という列車長の判断で、発動機の出力を最小限に落とした状態で蓄電池に対応していない側照灯と前照灯も点灯し、轟号は止まっていた。

 時折栄輔の視界を横切る探照灯の光に怯えてか惹かれてか、光の帯の中を何かの目や飛ぶ物が走っては消えていった。

 甲竜が密林帯に消えて間もなく、取り敢えず戦闘配置は解除され、轟号はその場で動かず明かりを炊きながら夜明けを待つ事になった。

 栄輔達もじゃんけんで決まった即応要員の杵を屋根に残して第一貨物車の中に戻った。

 第一貨物車要員は皆霧脚の体液をまともに浴びていて、アミギョウレツの時よりも入念に消毒した上で更に防禦服を互いによく拭き合った。

 栄輔は全身に怠く熱を帯びているような疲労を感じた。ぐっすり眠っている最中に起こされた上、思ったより体力を使っていたようだった。防禦服も脱がずに乗員用乗降口の引き戸の前にへたり込むと、飯炊が裾付きメットを何か硬い物で軽く二度叩いた。

 関節が思うように動かない手でぎこちなく裾付きメットを脱ぐと、何か湯気を上げる液体が入った金属カップを差し出された。

「ほら、疲れている時はこいつに限る」

 反対側で同じ物が入っているらしいカップを持った雀が言った。

 二人に勧められるままカップを受け取り、両手で包み込むようにして持った。手袋を嵌めているせいもあるのだろうが、思ったより熱くはなく、すぐに飲めそうだった。

 金属カップの薄い縁に口を付け、まず一口飲んだ。液体はとろみが付いていて、普通の液体よりもゆったりと口の中に広がっていき、同時に独特の渋さを兼ねたきつ過ぎない甘みが舌を優しく包み込んだ。

 液体が喉に入っていくにつれやがて薬草特有の不快にはならない青臭さが喉を広げるように落ちていき、飲み干した後に深呼吸すると、喉から鼻に向かって甘い香りが抜けていった。

「フクオオワライの根から作った粉に、疲れに効く薬草を選んで混ぜ込んでみたんだけど、どうかな?」

「ああ、これは良い。本当に疲れが取れそうだよ」

「それは良かった。口に合ってぼくも嬉しい」

 根湯の感想を尋ねる飯炊にそう答えると、栄輔はまたカップに口を付けた。

 ゆっくりと飲み、自分の分が入ったカップが空になる頃には、防禦服を脱いで自分の寝台に横になれる程度の気力は湧いていた。

 どうにか立ち上がってカップを返すと、自分のロッカーに防禦服セットを適当に放り込み、雀達よりも一足先に寝台に入った。

「それじゃ、僕は先に寝るよ。おやすみ」

「ああ、おやすみ。おれももう少したら寝るよ」

「それがいい。疲れてる時はさっさと寝るのが一番だ」

 毛布に包まると緊張が解けたのも手伝って、すぐに睡魔が襲ってきた。

 それに抗うことなく身を委ね、栄輔は深い眠りに落ちていった。


(つづく)

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