2661話 働き者カース

結局一時間ほど市場を回って香辛料に加工される前の何かの実や骨がついたままの生肉や辛そうな干し肉など興味を惹かれた物をいくつか買ってみた。コーヒー豆だけじゃなくお茶的な葉っぱもあったしね。ちなみに酒はなかった。コーちゃんへのお土産に買おうと思ったのに。どうやらある日とない日があるらしい。

さあ、今後こそ宿に帰ろう。




「ピュイピュイ」


宿の部屋に入るとコーちゃんが待っていた。そこそこいい部屋だから鍵がかかっていたはずだがコーちゃんには関係ないね。それで、どうだった?


「ピュイピュイ」


あらまぁ……あの野郎ボーイェの事務所らしき場所に戻りやがったのか。私達の情報を伝えて命乞いするためか、それとも……忠義ゆえか。どう足掻いても助かる目はないだろうに。普通ああいった組織って手柄を立てたからって失敗が帳消しになったりしないよな。そもそも手柄なんて立ててないしさ。


「ピュイピュイ」


そこからどこかに連行されたんだね。ご丁寧にしっかりと縛られてさ。どこか、に?


まあいいや。ボーの野郎もわざわざ自宅に帰ったし、ボーイェってそんなに帰りたい奴らばっかりなのか? 危険なのは分かりきってるだろうに。


でも、こいつは嬉しい誤算だな。あいつがもしも上司の所に帰ったらいいなぁと思ってコーちゃんに追跡してもらったわけだしね。

そろそろ日が暮れる。潜入するにはちょうどいい時間帯だもんな。今日は色々あったからそれなりに疲れたんだけどさ……せっかくボーイェの拠点を見つけたからには行ってみようではないか。


「…………というわけでさ、ちょっとボーイェの拠点を探ってこようと思うんだよね。」


「分かったわ。私は待っておけばいいのね?」


さすがアレク。話が早い。


「うん。ボーの野郎も帰ってくるだろうしさ。いい子で待っててね。」


ほっぺにチュッ。


「うふふ、カースも早く帰ってきてね? でないとボーを使って遊ぶかも知れないわよ?」


ぐはっ! な、なんと妖艶な表情を! まったくもう、アレクったら悪い子なんだから。わがまま家出娘の役がハマりまくってんな。


「い、急いで帰ってくるから! ちょ、ちょっと場所を確認してくるだけだし!」


「分かってるわ。焦らないでいいのよ。行ってらっしゃい。」


今度は私の頬にチュッとされた。燃えてきた。ささっと行ってすぐ帰ろう。行こうコーちゃん。カムイ、アレクを頼むぞ。


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


『隠形』

『浮身』

『風操』


魔力が残り二割を切ってるわけだけど、まあ問題ないかな。どうせなら魔力ポーションを飲むのは寝る前の方がいいもんな。


窓からふわりと飛び出す。ほぉ、方向は裏街方面なのね。いかにもって感じだね。ボーイェにガリオウが絡んでたら笑うけどね。さすがに有り得ないか。




「ピュイピュイ」


おっ、ここなんだね。裏街までは行かないが街外れって感じ? 商都にしては古めの建物が多いエリアの一角。その中にあるごく普通の一軒家。ボーイェの野郎はここに入ってすぐに拘束されたわけね。私はどこから入ろうかなぁ……正面のドアから入ってもいいけど、それじゃあ芸がないよな。


とりあえず……『魔力探査』


誰もいない、だと? ああ、そういえばどこかに連行されたって言ってたな。それでも何人かはここにいるかと思ったんだけどなぁ。

誰もいないんじゃ仕方ない。正面から入ろう。そんで中を物色といこうか。


おっ邪魔ぁー。うん、誰もいないね。人間どころか家具もないじゃん。こいつら系がやることってのはだいたい同じなんだよな。すなわち、地下。地下に通路を作ってるパターンがやけに多いんだよな。

コーちゃんどうなの? あいつの連行された先って地下じゃない?


「ピュイピュイ」


おっ、やっぱり? てことはコーちゃん、地下への入り口も見てるんだね。もぉー、先に教えてよー。


「ピュイピュイ」


うんうん、もっと奥なのね。

廊下を奥へと進むと、突き当たりに部屋が一つ。この中ね。

鍵はかかっていない。中には誰もいない。地下への入り口は……ここのソファーをどかすのね。あった。下水道に入る時のようなハシゴが。ここから真下に降りるわけね。

どことなくヒイズルのエチゴヤを思い出すなぁ。孤児院とか他の拠点でもこんな感じで地下に行くルートを作ってやがったよな。


「ピュイピュイ」


あらまっ、そうだったんだね。コーちゃんが最後まで追跡してないのは変だなぁと思ったけどそんな理由があったとは……地下が怖くなってしまったのね。コーちゃんにしては意外すぎるんだけどさ。

ここ程度の地下なら土と豊穣の神デメテーラの祝福が届かない、なんてことは有り得ないだろうに。妙なトラウマを抱えてしまったんだね。コーちゃんたら人間くさくてかわいいなぁ。

そりゃあさ、ただでさえこの大陸には神の祝福が届きにくいらしいじゃん? そんな時に全く届かなくなったら不安になるのも分からないでもないよね。戦場、それも前線で補給が届かないようなもんだろうからさ。


「ピュイピュイ」


私と一緒なら平気? コーちゃんたら嬉しいこと言ってくれるんだから。私もコーちゃんと一緒だと心強いんだよね。

では、いざ地下へと行こっか。

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