2660話 にんにくデート

さて、思ったよりだいぶ遅くなってしまったな。そろそろ日暮れも近い。ショッピングは数軒だけにして宿に帰るとしよう。こりゃあじいちゃんちに行くのは明日でいいよな。


「ガウガウ」


歩き足りない? 仕方ないやつだな。私もアレクも散歩は好きだから遠回りして帰るのも悪くないか。この辺りはたぶん日が暮れても明るいだろうしさ。街灯っぽいのが見えるし。

コーちゃんにお仕事を頼んでしまったのに私達だけ遊んでるのは少しだけ気が引けるけどね……


「ところでボーさぁ。お前って家とかあるのか? 大事な物とか置いてたりしない?」


私達の配下になったからには衣食住を少しだけ面倒を見てやる気はあるんだよね。少しだけね。着替えも用意してやらないとなぁ。こいつ着の身着のまま来たわけだし。


「……あります……表向きは宮殿の下働きということになってるので……そういった者が住むような部屋が、あります」


家じゃなくて部屋? アパートとか寮って感じなんだろうか?


「どうする? 大事な物があるんなら戻るか? それとも取ってきてやろうか?」


普通に考えてボーイェ側はこいつが戻ってくるだなんてこれっぽっちも想定してないだろうね。


「……い、いいのか、ですか!?」


少し素に戻りやがったな。ボーイェ失格だね。


「いいぞ。一人で行ってくるか? それとも俺が行ってきてやろうか?」


私一人なら『隠形』を使うから楽勝なんだよな。


「……いえ、お気持ちだけで……オレが行ってきます……もし、朝になっても戻らなかったら……死んだと思ってください……」


「んー、分かった。行ってきな。たぶん明日の昼ぐらいまでは宿にいると思うぞ。」


「……ありがとう、ございます……行ってきます……」


あらまぁ。本当に行きやがった。何を取りに戻るのか知らないけどそのまま逃げたら笑うな。もっとも、無事に逃げられるかどうかも怪しいんだけどさ。あいつも苦労人だねぇ。


「カース。邪魔者はいなくなったわね。さっ、どっちに行く?」


「そうだね。じゃあ右にしようか。」


宿から離れる方向ってことで。家出娘ごっこはアレクの都合によって始まったり中断したりするんだろうね。それもまた良し。


来た道と違う方向へ。あっち方面には何があるのかな?




市場があるじゃん。しかも、もうすぐ日暮のこんな時間なのにそこそこ店が開いてる。肉、野菜、コーヒー豆、薬草っぽいものから香辛料まで。これはひと回りしてみるべきだな。


「いよう兄さん! よそじゃ買えない特上のコーヒー豆だぜ!」

「夏の疲れにはこいつを飲みな! 一発で元気になるよ!」

「刺激が欲しけりゃこいつだ! 持ってけチリネロ!」


チリネロ? 気になるな……見た目は大きめの唐辛子だな。


「ガウガウ」


絶対買うな? 触るな近寄るなって? 見るからに辛そうだもんな。お前にとってはカカザン以上の強敵だろうよ。


「アレクは何か気になるものはあった?」


「そうねぇ……普通にあのあたりの野菜かしら。心をくすぐる香りがしたもの。」


「え、どれ?」


そんな匂いなんかしたっけ?


「ほら、あれよ。見覚えのない形をしてるわ。香りも刺激的ね。」


あ、にんにくじゃん。言われてみれば確かに刺激的な匂いだよな。たっぷり買おっと。


「おっ、兄さん今夜はお楽しみだね? 毎度!」


「今夜? 毎晩だぜ? ところでおすすめの料理法はあるかい?」


にんにくの料理法なんて丸焼きにする以外知らないからなぁ。まぁアレクに任せればいいんだけどさ。


「そうだねえ、このまま丸ごと焼いてもおいしいけど薄く切って油で揚げたものを肉と食べると最高だよ」


どっちもいいな。擦りおろすのもいいな。素揚げもよさそうだし。


「ありがとよ。試してみるよ。」


どちらにしてもアレクにお任せだけどね。あまり口出しするとアレクに怒られてしまうかなぁ。でも楽しみ。

さあ次は何を買おうかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る