2560話 代官と愛駱駝ダンキュール

騎士が命令に従わず大声でどなり続ける代官。イケメンが台無しだね。お前もう動けるんだから一人で戦うって方法もあるんだぜ? 気付かないのかやる気がないのか……


さて、戦利品もゲットしたことだし出発しようか。


「アレク、もういいよ。ありがとね。」


「分かったわ。こんなの大したことじゃないわよ。」


それはアレクだからだよ。私には幻影の魔法なんて使えないからね。

幻術は解けても体のダメージは消えない。あいつら幻を見ながらかなり争ってたみたいだからな。協力して賞金首を仕留めようなんて微塵も思わないんだろうなぁ。立ってるのはほんの数人だけ。まあ平民にしては頑張った方じゃない?


「いたぞ! あいつだ! そこどけえ!」

「ざけんなあ! オレのもんだあ!」

「くそがあ! おれが先に見つけたんだぞあ!」


せっかく幻術が解けたのにねぇ。やることは同じか。頭悪いなぁ。適当に麻痺させてやるかな。平民を怪我させるのは気が引けるから、んん? アレク?


「いでぇええああああぁぁぁ! 血ぃ! 血だぁあああ!」

「さっ、刺ししし、刺すった! 刺したぁ! この女刺しやがったあ!」

「ひぃいいいいい! にっ、逃げろぉおおおお!」


アレクにしては珍しい。ミスリルナイフで腹をざっくりやっちゃったね。


「マダーディンとか言ったわね。見たかしら? これが刃物の使い方よ? あなたのその細い曲刀じゃあ急所でも狙わない限り命は奪えないわ。でもあなた程度の腕じゃ無理ね。でもこうやってお腹を刺せば、大抵の人間は助からないわね。こつは両手でしっかり握って体ごとぶつかることよ。勉強になったわね?」


アレクにしては珍しい。忠告と見せかけてプレッシャーかけてるよ。確かに奥さんの曲刀じゃあ私やアレクの服は切れないよなぁ。もっとも、今のアレクはかわいいお腹が出てるんだけどさ。


「ようもナーガバの民を刺してくれおったえ……それでワタシを脅したつもりかえ?」


「脅し? この程度でかしら。代官の妄言に踊らされた愚者を処分してあげただけのことだわ。カースに免じてあなたは放っておいてあげるけど、次またカースを狙ってご覧なさい? あなたのお腹の中身を全部出してあげるから。」


アレクったら。奥さんが私をまた狙うみたいなことを言ったもんだから。気を利かせてプレッシャーかけてくれたのね。ありがたいねぇ。さすがアレク。


「やれるものならやってみるがいいわえ。ソナタのナイフとワタシのシャムシール、どちらの切れ味が上かきっちり白黒つけてやろうじゃないかえ」


「その言葉は立ち上がってから言った方かいいわよ。夫婦揃って口だけみたいね。でも、カースが許しても私は許さないわ。覚えておくことね。」


くぅー! 痺れるぜアレク。凛としてさぁ、上級貴族オーラが迸ってるね。


「待てい! 私の妻への侮辱! 捨て置けん! そんなに剣術に自信があるというなら私が相手をしてくれよう!」


あらま。代官が元気になっちゃったよ。アレクが相手なら勝てるとか思ったか?


「あなたも懲りないわね。せっかくカースが見逃してくれたのに。言っておくけど私はカースほど優しくないわよ? それでもよければかかってきなさい。」


「女ごときが大口を叩きおって! そのような短いナイフで勝てると思うなよ!」


代官の剣は細いなぁ。刺すにはいいけど斬るには向いてないんじゃない? 刃渡は八十センチってとこか。


「死ねい! 愚かのものめが!」


剣を高々と持ち上げて駆け寄るってくる代官。騎士たちも注目している。


『身体強化』

『換装』


あ……


「ひぎゃっぶっ! …………ぐうっ……な、何が……」


アレクったらやるなぁ。ミスリルナイフを杖に持ち替えちゃったよ。アレクの杖って木製だけどかなりごっついんだよなぁ。代官の剣がぐにゃりと曲がってるし。おまけに身体強化まで使ってぶっ叩いたもんだから代官の顔面はぼっこぼこになっちゃってるよ。たった一撃でさ。さすがアレク。


「まだやるのかしら? そのまま寝てるなら命までは取らないわよ?」


この代官は立つようなタイプじゃないだろうなぁ。めっちゃ打たれ弱そうだもん。それにしてもイケメン顔が台無しだねぇ。ポーション飲めば治るけど。もちろんくれてなんかやらないぜ。


「おっ、お前たち! 何をぼさっと見ておるか! やれ! やってしまええええ!」


あー、そういうこと言うタイプだよなぁ。

でも騎士たちは全然動かないねぇ?


「お代官様……それはあまりに……」

「女ごときにその負けっぷり……」

「せめて立ち上がればいいのに……」


これまでだな。もう用無しだな。さて、アレクの戦利品は何がいいかな。


「ガウガウ」


おー、その手があったね。


「アレク、カムイがその駱駝ラクミを食べてみたいんだって。いいかな?」


「もちろんいいわよ。特にあいつから欲しいものなんてないもの。」


「まっ、待て! ダンキュールを食べるだと!? ふざけるな! 私の愛駝あいだを何だと思っておるかあ!」


知らねーよ。だいたい前脚折れてんだからどうせ長くないだろ? 治せるのかどうか知らないけどさぁ。


『氷刃』


「ああっ! あああぁ! ダンキュールぅーー!」


アレクが首元をスパッと斬った。じゃあ収納しようか。解体はどこか違う場所でやればいい。

この代官も哀れだねぇ。私達に手を出したばっかりに全部失ってしまったねぇ。特注の鎧も愛馬も、そして代官としての立場も。でも最後の言動で奥さんの愛だけは保持できたような気もするね。あの一言が奥さんのためなのか自分のメンツのためなのかは知らないけどさ。

せめて強く生きて欲しいものだね。もう無理だろうけど。

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