3536話 国王陛下と商王様
歩いて十五分。食後の散歩にはちょうどいいね。ここが憲兵隊の本部か。何と言うか、質素で目立たない建物だな。代官府の一角なんだろうけど役所感がゼロじゃん。
へぇ、一応来客用ソファーはあるのね。座ろ。アレクも隣に座りシュガーバは後ろに立つ。コーちゃんは私の首に巻きつきカムイはそこら辺で寝そべっている。
「それで? 何が聞きたい?」
「こ、ここ、では、別室で……」
別室ってどうせ拷問室か何かだろ。行ってもいいけど部屋がぶち壊れるぞ?
「いいからいいから。気にするな。あ、お茶ぐらい出してくれよ?」
「くっ……待っておれ……おい! 茶だ!」
威張ってるねぇ。ぞろぞろ引き連れてやってきた兵士が自分以外一人も帰ってきてないのに。
おっ、きたきた。何茶かな? あ、おいしい。バター系の香ばしさを感じるじゃないの。これいいなぁ。
「こ、これで文句あるまい。で、だ。キサマらがヘンク様に無礼を働いたことは明白! しかもファンヤーサ様のことも悪し様に言ったそうだな! 大人しく罪を認めるというなら減刑の嘆願ぐらいしてやる! 先ほどのように妙な抵抗をするなら容赦はせんぞ!」
話を聞くんじゃなかったのかよ。いつの間にら兵士がぞろぞろ現れてきたし。やっぱこのパターンかよ。素直にお茶を用意したのは時間稼ぎか?
「そもそもさ、罪状は何だ? どんな決まりに違反したのか教えてくれよ。この街の法に反したというなら素直に罰金ぐらい払うぞ?」
「そこの女だ! ヘンク様に暴力を振るったではないか! シラをきる気か!」
「あら? それはヘンクとやらが先に殴ったからだわ? 私の顔を。貴族への暴力ね。これって私の街なら奴隷に落ちかねない大罪だわ? それを殴り返すだけで勘弁してあげたわけだけど、それに対する感謝はないのかしら?」
クタナツの場合だと貴族を殴って奴隷落ちってのは大袈裟だね。まあ百叩きとか罰金とか? 刃物を抜いてたら奴隷落ちだけど。
もっとも、クタナツ以外の土地だと手討ちにされそうだよね。
「き、貴族だと!? ど、どこの領だ、ですか……」
信じたのか。まあ無理もないね。アレクの高貴なオーラは説明不要だもんな。
「言わせる気? 今なら何もなかったで済む話なんだけど。それでも聞きたい?」
「えっ、いや、そ、その……」
「分かったようね。あまり身分をひけらかすのは本意じゃないけどヘンクとやらが身分を傘に横車を押す気ならこちらも同じ対応をするだけよ。」
同じ対応。そう、アレクは叩かれたから叩き返しただけ。同じ対応なのだ。
それにしても……憲兵隊隊長の妻とクタナツ騎士団の娘、客観的に見れば同格……かな? でも実際は戦力が違いすぎるよなぁ。クタナツ騎士団は王国最強とかって呼ばれてるもんね。
じゃ、お茶も飲んだことだし帰ろうか。何事もなくてよかったね。お祝いに一曲歌ってやろうか?
「どこに行こうってんだい?」
出たなおばさん。さては別室で隠れて見てたんだろ。私達が酷い目に遭う様子をさ。
「なんだぁおばさんよお? 文句でもあるってのかあ? やるならやってやんぞお? うちのお嬢様は強えぜえ? 知ってんだろうけどよお」
シュガーバが急に元気になった。
「はっ、なぁにがお嬢様だい! 口から出まかせばっかりじゃないかい! 嘘じゃないってんならどこの領の何家かはっきり言ってみなよお!」
「あーらら、オレあもう知らねえぜ? せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのになあ」
私もだよ。これでも旅行者だからね。行く先々でトラブルがあるのは仕方ないが、なるべく穏便に済ませる努力はしてるんだぜ? だから、言うだけ言ってみよう。
「ヒントをやろう。うちのお嬢様の家は建国以来の名門、四大貴族の一つだ。」
「なっ!? ソナタ、それが騙りだったら大変なことになるぞ!? そこまで分かっての発言だろうな!」
マジかよ。セティアニアにも四大貴族っているのかよ。しかもおばさんの言い方からするとかなりの権力を持ってるみたいだね。どうでもいいけど。
「譲歩するのはここまで。どうしても家名が知りたいのなら国王陛下の命令書でも持ってくるのね。今回の件、もし国王陛下がお知りになられたらどうお思いになることかしら? ねえ、そうでしょう?」
アレクも乗っかってくれるなぁ。国王は国王でもローランド王国国王クレナウッドのことなんだよね。
「ひっ、しょ、商王様が!?」
おっとワンミス。ここの国王の呼び名は商王なのか。幸いバレてないみたいだけど。実際商王様って呼ぶより国王陛下って呼んだ方が敬意を感じるもんね。
「心配しなくても私の口から伝える気はないわ。だから今回の件は誰も知り得ない。そうでしょう?」
そもそも面識ないしね。
「そ、そうね! 誰も知り得ないし、そもそも何もなかったもの! メルトフ! お見送りするのよ!」
「はっ!」
ころっと態度が変わったね。それにしても口車で何とかなるもんだなぁ。それもこれもアレクの気品と威厳のおかげだな。惚れ直しちゃうぜ。
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