2410話 ステゴロアレクサンドリーネ

比較的傷が少ない奴は……


「そこのお前。この子と一対一で殴り合う度胸はあるか?」


「ああ!? ふざけんな! 誰がそんなくだらんことするかよ!」


どんだけ女を下に見てんだよ……たまに勘違いした奴が「俺は女は殴らない」とか言ってるけどそれ以下じゃん。下等生物と対等な勝負なんてやってられないって言うんだろ? 舐め腐ってやがる。


「怖いならそう言え。そしたらこちらも大人しく村を出てやる。ほら、女の子と殴り合うのが怖いから出て行ってくださいって言え。」


「ざけんなこらぁ! ぶっ殺してやる!」


おっ、キレた。チョロい。農民っぽいくせに気が短いじゃん。鍬なんか振り上げちゃって。でもなぁ……


「てめっ、こ、この、くっ、くそ、ぐぼぉ、こ、ちく、ちくしょ、おごっ、ごっ、がはっ、がごっ、ばっだっごうっ……」


殴り合いだって言ってんのに鍬なんぞ振り上げるから、顔も脇もガラ空きじゃん。だいたいこいつ人間に向かって鍬を振り下ろしたことなんかないだろ。地面にしか振り下ろしたことないんだろ? 地面は反撃しないもんなぁ? 間合いだって全然違うだろ。


アレクの不恰好ながらも小刻みなパンチは男を着実に捉えている。とうとう鍬を落とすほどに。細腕だからって舐めんなよ? アレクは素手で身の丈三メイルオーバーのオーガを殴り殺したこともあるんだぜ? もっともその後で一週間ぐらい地獄の筋肉痛に襲われてたけど。私も……

今回はあの時ほど身体強化に魔力を込めてないから大丈夫とは思うけどさ。


「……がっ……くっそ……めん……がっ……あ……」


はい終わり。やっと倒れやがった。いやぁしぶとかったね。


『浄化』


アレクの紅い頬に飛んだ血と、革手袋に滲んだ血をきれいにした。シャツにも数滴飛んでたな。まったく……殴り合いなんてするもんじゃないよな。勝っても病気うつされたら大負けだもん。


「ふぅ。ありがとうカース。あぁ疲れた……」


「お見事だったよ。さてお前ら、分かったか? 男だ女だ言っても意味ないってことがよ? まだ分からないってんなら教えてやるぞ?」


アレクが。


「なめんなおらぁ! 今のはちっと油断しただけだろうがあ! オレがやってやるよお!」


それでも一人かよ。ほんの少し、へばり付いたプライドのカスぐらい残ってるようだな。他に無傷な奴がいないからかも知れないがね。


「アレクがんばって。」


「ええ!」


今度の相手は右手に鎌を持ってやがる。当たり所によっては致命傷だな……少しヒヤヒヤ……




「はあっ……はあ……ふぅ……ふぅ。次は誰かしら?」


少し危なかったぞ……あの野郎、鎌を使うと見せかけて蹴ってきやがった。稚拙な前蹴りだったけど、振り上げた鎌を注視していたアレクのバランスを崩すには最適。アレクがたたらを踏んだ隙に間合いを詰めて鎌を振り下ろした。場所はアレクの左肩、正確には左の僧帽筋あたりかな。だが所詮は平民、狙いが甘いぜ。首筋にでもざっくり突き立てるつもりだったんだろうが残念。おまけに粗悪な鎌でドラゴンウエストコートが傷付くかよ。

アレクは奴の動きが止まった一瞬で手を鎌ごと握り、潰した。左手だけ魔力を多めに廻したんだね。見事な魔力制御だ。後はのたうち回る野郎の鼻面をトーキック。おっ、今日は薄いピンクだ。


「アレク、ここまでにしとこうか。それから今夜はお仕置きね。」


「えぇ!? な、なぜ?」


なぜと言いつつ少しだけ嬉しそうな表情は隠しきれてないぞ?


「あいつの鎌を肩で受けたのはいいけど、髪が数本切れてたよ。だめじゃないか。だからお仕置きね。」


まったくアレクったら。普段は髪のお手入れをきちんとしてるのにさ。こんな時はおろそかになるんだから。せめて開始前にまとめればよかったんだよ。でも、黄金の髪を振り乱して戦うアレクも美しいんだよなぁ。マジ女神。

それとピンクのパンチラは許す。位置的に私にしか見えてないっぽいし。あ、あいつは蹴られる直前にバッチリ見ただろうな。まあそのぐらい許してあげよう。


「ご、ごめんなさい……お仕置き……して?」


上目遣いで見てくるアレク。可愛いすぎんだろ……


「まだやる気か? 結局殴り合う度胸のある男はいなかったな。こんな可憐な女の子相手に武器を使うなんて恥ずかしい奴らだわ。それでよく女を見下せるなぁ? 情けなさすぎて相手してらんねぇよ。」


こいつら普通の村人にしては粘るよな。これだけ暴れてんのに兵士は来ないし。


「いくら強さを見せつけたところで……あやつらの命運は変わらぬぞ……」


このジジイめっちゃ悔しそうに言うじゃん。


「好きにしろよ。助けてやりたかったのは事実だが肝心のあの子に助かる気がないんじゃどうしようもない。邪魔したな。気が変わったからもう出発するわ。」


だって気分悪いもん。


「どこに行く気か……」


「さあな、だがこの村の兵士の弱さについてはカラバのボーイェの者に伝えておいてやるよ。あんなんじゃ役に立たないだろ?」


「なっ……ボーイェの方を知っておるのか……」


カラバ領に限らず憲兵や隠密的な組織ボーイェ。ただ単にビビらせてやろうとしてるだけなんだがね。結局平地に乱を起こしに来ただけのような気もするがイライラしてたから仕方ない。私のせいじゃない、たぶん……


「上の奴と付き合いがあってな。よく言っていてやるよ。お前らも今度から旅人には親切にしろよ?」


するわけないだろうけどさ。でも少しは驚いた顔してる。これだけ叩きのめされてボーイェの方に驚くってどういうことよ?


「行こうか。今夜はどこに泊まろうか。」


「どこでもいいわ。カースがいるなら。」


「そうだね。アレクがいれば、それにコーちゃんとカムイもいればどこでもいいよね。」


こいつらがあの子とその母親を殺そうが知ったことかよ。さすがにそこまで面倒は見切れないからな。もう勝手にしろって気分だわ。嫌な村だったけど、少しは勉強になったかな。

今度同じことがあったら……また手を出す気がするけどさ……

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