2307話 結界連衡陣

耳の周辺、特に三半規管を意識して身体強化を使ってみる……


おっ!


「これいいですね。少し気分が良くなりました。」


本当に少しだけど、使わないよりかなりマシだ。


「そうであろうとも。船酔いの原因の一つは耳の奥にあるとも言われておってな。試しに身体強化を使ったところ酔いが軽減され者がいたのだ」

「あれはメイギアだったか?」

「いや、フッドもではなかったかな」

「おおそうだそうだ。それよりフッドと言えば五年前の頭髪無惨事件を覚えておるか?」

「忘れるものか。あれは大笑いだったな」


宮廷魔導士ってほんっとお喋り好きなんだなぁ……また話が変わってる。まあ私は気分が良くなったからそれでいいんだけどさ。


頭髪無惨事件……実験的に魔力を指先に集中しまくってみた宮廷魔導士が、うっかりくしゃみをしてしまい魔力を暴発させてしまって……髪が燃えてチリチリになった事件か。むしろ髪だけで済んでよかったよな。普通なら全身、もしくは体の一部がぶっ飛んでもおかしくないだろ。やるもんだねぇ。


「魔王殿! 緊急だ! そなたの助けが必要と見える!」


のんびりお喋りしていた宮廷魔導士の一人が急に大声を出した。さては伝言つてごとが入ったな?


「行きましょう。何事ですか?」


稲妻海粘円イクレイルメデュウスの大群が見えたらしい。数キロルにも渡り漂っているらしくての、変針が間に合わぬ様子だ。そこで舳先に沿って結界魔法陣を構築する。そのための魔力を提供して欲しいのだ」


ああ、バンダルゴウからオワダに渡る時もいたな。見てはないけど。確か大きいクラゲなんだよな。直径が数十メイルはあるとかってさ。しかも名前の通り電撃がやばいんだっけ? 軽く触れただけでも心臓が止まるとかってさ。私達には全然効かないだろうけど船員や船そのものには悪影響があるかも知れないよな。だから結界魔法陣で防御しようとしてるわけだし。


ただ、一つ気になることがあるな。


「それは全然構わないんですが、僕は魔力譲渡使えませんよ? 吸い取っていただく分には構いませんが。」


魔力譲渡も魔力吸引もあれでかなりの高等技術だもんなぁ。そりゃ魔力譲渡の代わりに魔力放出してやってもいいけどさ。でも下手すると魔力回路がズタズタになってしまうもんなぁ。


「ならば私が仲立ちをしよう。それなら問題あるまい。多少の無駄が出るが魔王殿の魔力量からすれば誤差のようなものだろう」


「ええ、いいですよ。」


おっ、この宮廷魔導士はアレクが言ってたおじさんだな? 茶器の趣味が若作りってさ。見た目はチョイ悪イケオジって感じ? 浅黒い肌に短髪チョビ髭、貴族らしい雰囲気ないなぁ。




船首エリアに到着。宮廷魔導士が四人、船首に並んだ。


「では各々がた、やるぞ」

「うむ」

「おう」

「いざ……」


『キーニュウク ドクダイホウイ カイヒギャク ルードダイホウ カムヒーク ニューダイエイリ シューストク 汝が敵はどこなれど 如何な事象も存在も 三不三信さんぶさんしん構無かまいな入生死薗にゅうしょうじおんことわり森羅万象しんらばんしょうことごと隔世かくりょの果てに拒絶せしめよ 結界連衡陣けっかいれんこうじん


おお……舳先のおよそ十五メイル前の海が割れた。結界魔法陣そのものは見えないが海水の割れ具合から分かる。


そろそろ肉眼でも見えてきたな。うわぁ……海にびっしり浮かんでやがる……こんな所では泳ぎたくないよなぁ。見た感じ一匹がだいたい二十から三十メイルってとこか。でかすぎるだろ……


よく見ると舳先だけではない。両翼にも宮廷魔導士が立って結界魔法陣を構築している。そりゃそうか。先だけ突破しても横がガラ空きだったら意味ないもんな。それはそうとちょっと気になったことがあるぞ?


「今さらですけどあのクラゲを押し流したりはしないんですか? 水とか風の魔法なんかで。」


イケオジ宮廷魔導士に聞いてみた。


「それも悪くはないのだがな。それなりの魔力が外に漏れてしまうだろう? そうなると他の魔物を呼び寄せることになってしまうからな。結局のところ結界魔法陣で防ぐだけにしておいた方が無難で良いというわけよ」


「あー、なるほど。納得しました。」


そりゃそうだ。魔力を消費するのはどちらも同じ、むしろ結界魔法陣の方が多い。でも外部への影響が段違いだもんな。

結界魔法陣って魔力が外にほとんど漏れないんだよな。魔力探査とかをしっかり使って感知しようとでもしない限り。だから私だって気付かずに王城に張られた結界魔法陣にぶつかったこともあったよなぁ。懐かしい。


「では魔王殿。魔力をいただくぞ?」


「ええどうぞ。」


錬魔循環しつつ手を差し出す。イケオジと握手。


「おお……聞きしに勝る魔力……なんという濃密で芳醇……」


すぐに手が離れた。イケオジは結界魔法陣を保持している宮廷魔導士の背後に立ち、首筋に手を添えて魔力の補充を始めた。




繰り返すこと十回ちょい。船はクラゲゾーンを通過した。海面のいたるところに稲光が走っていたが船は全くの無傷。雷鳴すら聴こえてこなかったもんな。やっぱ結界魔法陣すごいな……


「よーしお疲れお疲れ。どうだ皆の衆、魔王殿の魔力は。まるで無尽蔵ではないか」

「うむ! 魔力残量を気にせず使えるのはありがたいな!」

「どこがお疲れなものか。これならもう一時間でもいけるではないか」


結構抜かれたな。一割弱ってところか。何事もなくてよかったね。


「おおそうだ魔王殿。ついでと言っては何だがもう少しいただいてもよいか?」


「はあ、いいですよ。」


「気前がよいことでも知られているだけあるな。ではありがたく」

「なんと、ならば私も」

「ありがたやありがたや」

「おお……これは滾る魔力ですな」


群がってきてしまった……砂糖にたかるアリか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る