2305話 好色宮廷魔導士ガル・ド・セヒーリ

とりあえず最寄りの宮廷魔導士に連絡だけしておいてやろう。


『後方より魔物接近。二分以内に追いつかれそう。警戒を』


『了解だ。魔物の種類、大きさを頼む』


さて、改めて魔物をチェック。


『魔力探査』を伸ばして……


ほう? シーサーペントじゃん。いつだったかキアラが仕留めたやつよりかなり大きいな。


『魔物はシーサーペントが一匹。距離は二百六十メイル、全長は五十三メイル』


やっぱシーサーペントにしては大きい方かな? でもその程度のサイズじゃあ宮廷魔導士たちの敵じゃないね。


『了解。こちらで対処する』


海で出会ったら生きて帰れないと言われる定番の魔物、大海蛇シーサーペントだが宮廷魔導士の前では敵じゃないよな。

うーん、気になるな。どんな戦い方するんだろ。見に行きたいところだが……ここを離れるわけにはいかないしなぁ。


「アレク、暗視使えるよね? 宮廷魔導士がどんな戦い方をするのか気になるからさ、見てきてくれない?」


「いいわよ。カースがそんなのを気にするなんて珍しいわね。じゃ、行ってくるわ。」


アレクが行ってしまうと、この部屋に私は一人。コーちゃんもカムイも来てないもんなぁ。がんばろ……酔いと戦いながら……





アレクサンドリーネが甲板の船尾に到着した頃、ちょうどシーサーペントが動きを止めていた。全長五十メイルを超える長大な体、その頭から二十メイルぐらいがぴくりとも動かない。そして上空には氷の塊が浮かんでいた。

カースに頼まれたことを抜きにしてもアレクサンドリーネは気になった。ゆえに……


『浮身』


最も船から近い所に浮いている宮廷魔導士のもとへ向かった。


「お邪魔しますわ。少しお話しよろしいですか?」


緊迫する戦闘の最中に……などと宮廷魔導士ほどの腕を持つ魔法使いが思うはずもない。アレクサンドリーネは気にせず声をかけたようだ。


「おお、アレクサンドリーネ嬢か。こんな夜中に眩しいではないか。だが少し待たれい。もう終わるでな」


五十代と思しき宮廷魔導士はアレクサンドリーネの剥き出しの太腿から視線を外さず言葉を切った。

そこからわずか二秒後。鈍く不快、かつ大きな音が聴こえた。アレクサンドリーネが目を向けると……


「終わりだ。回収するでな。今少し待たれよ」


海に浮かんでいたのは頭を失くし、力なく漂うシーサーペントだった。


宮廷魔導士たちは各々が水の魔法を撃ち込み、シーサーペントの胴体を輪切りにしていく。それが終わると各自が円柱状の胴体を収納していった。


「待たせたの。だが、せっかくアレクサンドリーネ嬢からお声がけいただいたのにお茶も出せんのはもったいない。もうしばしお待ちいただけるかの?」


そう言ってアレクサンドリーネの返事を待たずに甲板に椅子とテーブルを用意した。ほぼ同時にティーカップとソーサー、そしてティーポットまでも並んでいる。


「まあ、茶器はウェンツウッドで揃えておられるのですね。こだわっておられますわ。」


「亡き妻が好きでの。これで茶を飲むのが唯一の楽しみというわけだ。ご一緒していただけるかな?」


「ええ、喜んで。」


宮廷魔導士ガル・ド・セヒーリのナンパはひとまず成功したらしい。




「ほれ、待たせたの。最近ベゼル領で流行ってる葡萄葉茶だ。すっかり気に入ってしまってな。おお、そういえばアレクサンドリーネ嬢はベゼル男爵のお孫さんだったの」


「その通りですわ。よくご存知で。ありがたくいただきます。」


アレクサンドリーネの赤い唇が白いティーカップによく映えている。


「それで何が聞きたいんだったかの?」


「先ほどのシーサーペントです。頭の辺りが全く動いてなかったようですが、一体どんな魔法を使われたんでしょう?」


「アレクサンドリーネ嬢はどう思う? そなたならどうやってあの状況を作り出す?」


「氷壁で固定、と言いたいところですが……それだと波に合わせて一緒に揺れてしまいます。ですが、先程はいくら波が暴れようともシーサーペントの上半身はぴくりとも動きませんでした。しかも何も見えませんでしたし。」


「その通りよの。真っ暗闇の中よく見ておるではないか。ならば魔力はどうだったかの? 何も感じないなんてことはなかったろう?」


「ええ。ひしひしと感じていましたわ。濃密に集められた魔力を。そこから考えられることは一つ……結界魔法陣ですわね?」


結界魔法陣。主に街を守るため外壁に沿って施される強力な防御魔法である。


「正解だ。さすがは氷の女神と称されるだけあるではないか。それこそが我ら宮廷魔導士の定番の戦法というわけよ。二、三人がかりで結界魔法陣を構築し、魔物の頭部を押さえつける。一人が上空から大きめの氷塊を落とし、一人は魔物の下に氷壁を構築する。命中の直前に結界魔法陣を解除すれば、魔物の頭は跡形も残らぬというわけだ。魔石が惜しい時もあるがの」


宮廷魔導士やローランド王家にとってお家芸とも言える結果魔法陣。強大な海の魔物を相手にしても、その効果は抜群らしい。


「さすがですわね。カースが聞いたら喜びそうですわ。」


「ははは。魔王殿なれば一人でも容易く屠ってしまうであろうの。それよりもせっかくアレクサンドリーネ嬢が同席してくれているのだ。つまらぬ話などやめて其方のことを聞かせて欲しいものよ」


アレクサンドリーネはクスリと笑った。


「お戯れを。私のことなど語るほどのものなどありませんわよ? そんなことよりセヒーリ様の奥様について知りたいものですわ。お亡くなりになったとおっしゃいましたが、それはいつのことでしょう?」


アレクサンドリーネはティーセットに目をやりながら問いかけた。


「さてのぉ……いつのことだったか。そんなことよりアレクサンドリーネ嬢の美しさの秘密の方が気になるんだがなぁ?」


「そんなに大した秘密などありませんわ。カースに日夜愛されているだけのことです。あの指が、体が私の全身を隈なく念入りに、ね?」


「くくっ、聞かなければよかったの。まったく最近の若い者は進んでおるではないか。其方と話しておると身の内が激ってきて仕方ないわい。すまぬがここまでだ。船室に帰るとするでな」


「ええ、ご馳走になりました。二年前に出たウェンツウッドの湖畔シリーズと葡萄葉茶の素敵な組み合わせ。堪能させていただきましたわ。」


宮廷魔導士ガル・ド・セヒーリに妻はいない。王都の屋敷には数人の奴隷を住まわせており、船室には愛奴隷を一人連れてきている。

アレクサンドリーネにはうすうす気付かれていたのだろう。セヒーリもさほど隠す気があったようにも思えないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る