2296話 朝日のようにさわやかに

さて、すっかり暗くなったな。星がきれいだ。海から見る星っていいよなぁ。視界を遮るものが何もない。超パノラマ星景色。満天だ。


「そろそろ戻ろっか。で、ゆっくり湯にでも浸かって寝るとしよう。」


「ええ、もちろん寝る前に……ね?」


「ふふ、分かってるって。」


アレクがかわいいぜ。

さすがにまだ腹はへってないな。小腹が空いたら魔力庫から何か出せばいっか。


「おお魔王殿、ここだったか。」


「リキームさん、今から当直ですか。ご苦労様です。」


「うむ。それもあるが、魔王殿の警備の件だ。ガスパールからは夜が希望と聞いているが、明日の夜からでよいか?」


「ええ、それでお願いします。」


「時間帯だが、最も危険な真夜中の四時間を頼みたいが……よいだろうか?」


「いいですよ。だいたい十時から二時ってとこですか?」


「うむ。魔王殿にはその時間に下方への魔力探査を頼みたいのだ。最低でも百メイルは欲しい。可能か?」


「いいですよ。ハフグーバとかクラーケンみたいな危険な魔物を探知したら知らせればいいですよね。」


「うむ。それでよい。別に倒してもらっても構わんがな?」


無茶言うな。


「クラーケンはともかくハフグーバは無理だと思いますよ? 素直に逃げましょうよ。」


「クラーケンは可能なのか……さすがだな。そのくせ逃走を選択できる柔軟さ。さすがだな。」


褒めすぎだっつーの。煽ててもだめだぞ?


「では、明日からよろしくお願いします。」


「うむ。こちらこそ頼む。」


さて風呂だ風呂だ。私のより狭いけどマギトレントであることに変わりはない。きっといい湯に違いない。






「カース……起きて……」


「ん……おはよ……」


「もうすぐ夜明けよ。朝日が見たいって言ってたじゃない?」


マジか。昨日ぽろっと言ったことを覚えててくれたのか。しかも起こしてなんて言ってないのに。何て気が利くんだ。アレクだって昨夜はかなり燃えたから眠いだろうに。


「ありがとね。行こうか。」


コーちゃんとカムイは無反応。よく寝てるね。

やはりアレクと腕を組んで甲板へ。こんな時間でも当直してる宮廷魔導士は大勢いるんだろうね。海は怖いぜ。


出た。西の空はまだ暗いが東の空はほんのり明るくなっている。今日も雲ひとつないな。


「おはようございます魔王殿。こんな朝早くからどうされました?」


「おはようございます。ちょっと朝日が見たくなりましてね。少しばかりお邪魔します。」


「おおお……あんなの毎日見れるだろ、と言う者が多い中、魔王殿は風雅の心を持っておられるのですな! 感服いたしましたぞ!」


それは大袈裟だ。そもそも風雅の心って何だよ。難しいことを言われても分からんぞ。


「あはは、あの上に乗ってみてもいいですか?」


「見張り台ですか! もちろんですとも! 素人には危険だと言うところですが魔王殿ですからな! 万が一すらありますまい! どうぞどうぞ!」


「では失礼して。」


『浮身』


一番太い柱、帆柱とかマストって言うんだったか。その上に見張りが滞在する狭いスペースがある。現在は一人いるようだが、少し邪魔するぜ。


「やあ、おはよう。ちょっと邪魔するよ。」


「ま、魔王様!? と女神お嬢様!? お、おはようございます! ど、どうぞどうぞ! 狭いところですが!」


「悪いわね。お邪魔するわ。」


「はっ、はひっ!」


マストを囲むように設置された円形の見張り台。直径一メイルもない上に中心をマストが通ってるからな。結構狭い。でも全然オッケー。登った分朝日が早く見えるしね。おまけに三百六十度全部丸見え。絶景すぎるぜ。なんだかめちゃくちゃ贅沢だわー。


「おっ、見えてきたね。」


「ええ。夕日もいいけど朝日もいいものね。気のせいかしら。どことなく昨日の夕日より眩しい気がするわ。」


あー、夕日だと空気中の水蒸気とか塵とかが温められてどうのこうのって聞いた気がするなぁ。だから朝日の方が眩しく感じるんだろうか。さすがアレクだぜ。寝起きだから眩しく感じるって気もするけど。


「一日の始まりに見る景色としては最高だよね。」


もう太陽が半分ほど水平線から出てきた。


「ええ。カースと一緒に見れるなんて最高だわ。いつもありがとう。」


「いやいや、アレクが起こしてくれたからだって。ありがとね。」


「カース……」


「アレク……」


見張り担当くんがめっちゃ見てるけど気にしない。イチャイチャしちゃってごめんね。




「ふふ、すっかり日が昇ってしまったね。」


「カースが悪いんだからね! いつも私を夢中にさせるんだから!」


ぬふふ、アレクが照れてる。見張り君が見てるのにやめなかったから。もっとも、アレクだってやめる気なかったくせに。


「悪かったね。うちのアレクが魅力的すぎてさ。」


「い、いえ、お楽しみいただけたようで!」


ぶふっ! 確かにお楽しみだけど! ちょっとディープなキスをしただけだろ。


「じゃ、アレク。何か食べに行こうか。」


「そうね。それからひと眠りしてもいいわね。」


なんせ早起きしたからね。


「そろそろ交代だったりする? 降りるんなら一緒に降りようか?」


「あ、ありがとうございます! ですがそれでは鍛錬になりませんので!」


あらま、そうなのね。縄梯子みたいなロープを登り降りするのも仕事、というか鍛錬なのね。そうやって普段から鍛えようとする精神って大事だよね。彼だって浮身ぐらい使えるだろうに敢えて手足を使おうとしてるわけだし。やっぱこの船に乗るだけあって意識が違うんだな。そりゃそうかも。だって国王の船だぜ? そもそも王国には船が少ないけど、それでも最高峰の職場だよな。厨房だって倍率百倍って言ってたし。つくづく凄い船に乗ってしまったな。

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