2294話 コフレフォート平原の野草茶と海風

ようやく甲板に出た。数名の宮廷魔導士と十人近くの船員が見える。船首はさっき行ったから、今度は船尾に行ってみるか。さすがに通路と違って甲板は歩きやすいね。時折りすれ違う船員さんが頭を下げてくる。悪い気はしないけど仕事の邪魔をしてる気もするなぁ。だからって何もしなくてもいいとも言いにくい。こちらからは軽く手を振るぐらいに留めておこう。


船尾に着いた。さすがにもう陸が見えない。見渡す限りの視界全てが海だ。いや、左舷に太陽が見える。まだ夕日ってほどじゃない。日没までもう一時間ってとこかな。


『水壁』


足を投げ出せるソファータイプにしてみた。


「どうせならのんびり座らない?」


「いいわね。ちょっとはしたない気もするけど。あっ、先にお茶を淹れるわね。」


「うん、ありがと。」


「ピュイピュイ」


分かってるって。コーちゃんは酒だね。今の気分はヒイズルのアラキ酒なのね。ロックで? いいかも。


「ガウガウ」


カムイはブラッシングしろって? 沈みゆく太陽と大海原を見ながらブラッシングされる……お前は貴族かよ。まあ、やってやるけどさ。


『水壁』

『水操』


水人形にブラシを持たせて動かす。私は意地でもここから動かんぞ。太陽と海風に浸るのだ。はぁ、いい気分。


「はいカース、お待たせ。」


「うん、ありがと。はぅ……いい香りだね。」


「今日はサヌミチアニのお茶にしてみたわ。野草茶ね。」


「サヌミチアニ? コフレフォート草原の野草ってこと?」


フランティアの西にある街サヌミチアニ。その西には草原が広がってるんだよな。あそこってろくな冒険者がいない印象だけど染め物ではそこそこ有名だよね。野草茶は初耳だけど。草原があるならお茶になる野草もあるってことかな。


「ええ。十六種類もの野草が混ざってるそうなの。たまにはこんな野趣に溢れた味もいいかと思って。」


まずは一口。


「あっ、美味しいね。何と言うか、色んな野草があるせいか奥深いのにほっとする味だね。なんだか落ち着くよ。」


「じゃあ私も……あぁ、そうね。美味しいわ。かすかな苦味と渋味、それでいてすっきりと飲みやすいわね。奥に隠れた野草たちが少しずつ主張してくるようでもあり、影に徹したままでもある。荒々しさを隠したまま子供たちを優しく導くクタナツの教師のようね。」


やはりアレクの言うことはよく分からん。分からないけど……


「担任だったウネフォレト先生を思い出すね。」


いや、結婚してレインフォレイトになったんだっけ? 七、八年経ってるし、もう何人も子供いるんだろうなぁ。


「それもそうね。でも私が思い出してたのはナタリー・ナウム先生の方だわ。」


「あら、そうなの?」


あの先生って今は校長やってんだよね。女性で校長って珍しいかと思いきやそうでもないんだよな。 領都にもババア校長いたし。


「ええ。ナウム先生って魔法の達人じゃない? それでいて人柄は穏やか。でも時にキアラちゃんの肩を撃ち抜く厳しさと技量もあるわ。そしてついには校長にまで。エロー校長先生の後だし色々と大変とは思うけど、ナウム先生ならしなやかに力強くやっていきそうじゃないかしら。」


言われてみれば。


「なんだかんだでナウム先生もクタナツで長年生き抜いてきた人だもんね。清濁併せのむ強者つわものだよね。」


クタナツで強者に分類される職業と言えば、やはり騎士、次いで冒険者。そして教師だよな。もっとも仕立て屋だって強者だし、たぶん酒場のマスターも強者に違いないよな。いつだったかサンドラちゃんが『クタナツに負け犬の居場所はない』って言ってたけど、私もそう思う。そもそも生き残ってる時点で強者だし、そんな強者たちが普通に暮らしてる街なんだよなぁ。


「ふふ、普段あまり飲まないお茶も飲んでみるものね。こんなに雄弁な味とは思わなかったわ。」


「いつもありがとね。貴族のお茶会だったら絶対出てこない味だよね。それをここで出してくれるアレクのセンスが素敵だと思うよ。」


大抵の貴族令嬢だったら野草茶って名前だけで忌避しそうだよな。で、ブラインドで飲ませたら絶賛するくせに名前を聞いたら手のひら返しそう。我ながら偏見が酷いな。


「うふふ、ありがとう。カースなら野草茶だからって嫌がらずに飲んでくれると思ったの。気に入ってもらえて嬉しいわ。」


「たぶんお茶そのものも美味しいんだけど、やっぱりアレクが淹れたってことも大きいと思うよ。技術的にも心情的にもね。美味しいよ。」


ついでに言うと景色もいいし。今のところあまり揺れてないからいいけど、そろそろ波が高くなってくるんだろうか……


「カースのために心を込めて淹れてるもの。お茶は美味しいし景色はいい。そして隣にはカース。最高の気分だわ。」


へへ、ハッピーだ。照れるなぁ。照れるけど……そろそろ水を向けてやろうかな。


「一杯どうですか?」


私達が横になってる場所から十二、三メイルほど離れた場所で警備をしている宮廷魔導士さん。仕事してる近くでイチャイチャして悪いね。こちらが気になって仕方ないって様子はなかったけど、同じ船に乗ってる仲間だしね。


「せっかくのご好意だ。いただこう」


この後、茶葉トークで少しばかり盛り上がった。

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