第6章
2291話 特等船室
大海原。船は快調に進む。これを順風満帆と言うのだろうか。船首を吹き抜ける風。少々湿っているのが不満と言えば不満だがそこまで悪くない。私達の前には何もない。海しか見えない。最高の気分だ。だからアレクとタイタニックごっこをしている。旅はまだ始まったばかりだというのに……だって楽しいもん。
「カース君、ここだったか。カース君達の部屋を案内しよう。今日のところは特に何もないからゆっくりするといいよ。」
「わざわざ悪いね。明日からは当直する感じかな?」
「たぶんね。夜の数時間だけか、昼の長い時間か選べるみたいだよ。」
それなら短い方を選ぶね。
「それはありがたいね。ところで聞くのを忘れてたんだけどバルバロッサまで何日ぐらいかかるの?」
バンダルゴウからは二週間ぐらいって話だったが。
「十五日前後かな。帰りは一ヶ月ぐらいかかるみたいだけど。」
「あらら、そんなに違うんだね。海流が激しいとかって聞いたけど、関係あるのかな?」
「そうらしいよ。僕だって今回が初めてだからね。ローランド王国と南の大陸の間を西から東に流れてるんだってね。そのせいで帰りは大変らしいよ。」
帰りは私関係ないもんなぁ。がーんば。
「兄さんも帰りは大変そうだね。いや、帰りの心配よりあっちに着いてからの心配するべきかな。」
「ははっ、それもそうだね。無事に帰りたいものだね。おっと、部屋はここだよ。」
バンダルゴウからオワダに行った時の船室はカプセルホテル程度だったが、ここはどうだ?
「え……マジで? こんないい部屋なの?」
「ガスパールお兄様、ここってもしかして……」
おっ、アレクは何か気付いたのか?
「分かる? 陛下のお部屋だよ。普段は鍵がかけてあるんだけど今回は僕が鍵を預かってるんだ。はいこれ。向こうに着いたら返してね? 普段は魔力鍵もかかってるんだけどそっちはもう開けてあるんだってさ。」
マジかよ……よく見れば執務室みたいな机もあれば、その後ろにローランド王家の紋章まであるじゃん。つーかこれ、いつか見た国王の執務室まんまじゃん? そりゃあアレクなら気付くか。違いは調度品が全然ないことか。
「ありがとね。国王陛下も気前がいいね。遠慮なく過ごさせてもらうよ。」
「カース君すごいな……よく平気だね……僕なら絶対落ち着かないよ。」
「あはは。陛下のご好意だからね。全力で甘えないとさ。じゃあ兄さん、せっかくだから部屋の探検でもさせてもらうよ。」
「あ、ああ。特に触ってはいけない所なんて聞いてないし。壊したり汚したりしなければ大丈夫だと思う。じゃあ食事の時には呼びにくるね。」
「うん。ありがとね。」
そうしてガスパール兄さんは出ていった。思うに私達の世話係にされてるな。もしかしてメンバーに選ばれたのはそれが原因だったりするのか? なんて贅沢な宮廷魔導士の使い方してんだ……
それにしてもこれが普通なのだろうか? これだけもの大型船なのに船員は三十人ちょっと。あとは宮廷魔導士が二十人に騎士らしき者なんか十人もいない。そりゃあ宮廷魔導士は一騎当千だけどさ。一般的な帆船だとどのぐらい人数が必要なんだろうなぁ。
「アレク、探検してみようよ。そこまで広いわけじゃないけどさ。」
「ええ。陛下のお部屋を探検するなんてとっても悪いことしてるみたいでドキドキするわね。」
「ふふっ、じゃあまずはあの扉からいこうか。」
机やクローゼットなんかはどうせ空っぽだろうから無視でいいよね。私は人んちのタンスや壺の中を漁る側じゃないし。
「あっ、ここはトイレね。さすがに汚れひとつないわね。たぶんスライム式浄化槽も完備されてるんだわ。」
「それいいね。僕らのシェルターの弱点はトイレだもんなぁ。」
どうにか魔力庫に収納できる清潔なトイレはないものか。そのうちどこかの魔道具職人に外注してみるか……金に糸目をつけなければ何とかなりそうな気もするんだよなぁ。
「えぇっとこっちは……あ、お風呂だわ。さすがにお湯は入ってないわね。陛下がお入りになる湯船にしては狭い気がするわね。」
浴室だけで六畳ぐらいか。湯船だって二畳ぐらいしかない。しかも魔石式給湯システムも付いてない。国王には必要ないからか。
あっ、でもこれって……
「アレク、この湯船ってマギトレントだね。やっぱ金かけてるんだね。」
飾り気のない湯船と思ったら。さすが国王。湯船にはマギトレント。違いが分かる男だぜ。
「よく見たらこの浴室全てマギトレント製ね。いざという時は浴室に避難すれば安全そうね。」
「なるほどね。そこまで考えられてるんだね。」
地震なんかの時だとトイレが丈夫で安全だって言うけど、ここは船の中だしローランド王国に地震はないし。浴室に立て籠っても船が沈んだら終わりだけど、国王の場合だと超危険な魔物か何かから一旦身を守れさえすれば船ごと深海に沈もうが何とでもなるって考えだろうか。たぶんここに逃げ込むとしたら宮廷魔導士が全滅して自分も瀕死で後がないぐらいまで追い詰められた時? ということは……壁をきょろきょろ。
「あ! 見て見てアレク。ここに小さな扉があるよ。」
「隠し扉ってわけじゃないのね。でも、何も浴室に付けなくてもって思わないでもないわね。」
だよね。でも数日間籠城をすることを考えたらこの程度の広さが最適なんだろうか。まあいいや。何か入っているのか……
「ああ。これ魔蔵庫だね。中身は空っぽだけど。今回は陛下が乗るわけじゃないから特に何も入れてないってわけだね。」
「じゃあやっぱりここって避難場所も兼ねてるんだわ。王族の方々って本当に用心深いのね。でも、ここに閉じこもったまま海のすっごく深いところまで沈んだらって考えると……すごく怖いわ……」
深海については軽く話したことがあるもんな。私だって水深数千メイルなんて沈んだら無事に帰れるか自信ないからな。
「まあ、あれだね。沈まないようしっかり警備すればいいよね。」
「そうね。カースがいればきっと大丈夫に決まってるわ。じゃあ次の部屋を探検しましょ!」
「うん! 次行こ次。」
ふふふ、初めて泊まる高級ホテルを探検するような楽しさがあるな。それが高級ホテルどころか一国の王の部屋となると、背徳的な楽しさまで感じてしまうじゃないか。アレクにしては珍しくはしゃいでるし。かわいいなぁもう。ふふ、待て待てー。
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