2290話 さらば王都、また会う日まで

それから五分もしないうちに宮廷魔導士達が甲板に集まってきた。総勢二十人。一騎当千の宮廷魔導士がこれだけ集まると圧巻だな。


「整列!」


彼らはリキームさんの声がかかると音もなく整列した。四列になりマナドーラさんの前、船首に向かって並んだ。私達だけ何もしないのは何だか悪いから甲板の端に寄ってすっと直立しておこう。背筋を伸ばして。


「魔王殿! こっちに参られい!」


あらら、せっかく端に寄ったのに。


『風操』


足元を数センチだけ浮かせてすすっと移動。一瞬だぜ。


「傾注! 改めて紹介しておく! 今回の航海の賓客となる魔王カース・マーティン殿だ! 賓客ではあるが警備にも参加してもらう! 皆には彼の仕事ぶりをしっかり見学し真似できるところは取り入れるように! では魔王殿、一言挨拶を。」


いきなりすぎんだろ……


「おはようございます。カース・マーティンです。先日国王陛下と面談させていただく機会があったのですが、なぜかこのような流れになってしまいました。リキームさんは賓客とおっしゃいましたが皆さんの同僚として扱ってもらえると幸いです。ヒュドラやクラーケン級でなければ何とかなると思いますので。」


そして一礼。まあこんなもんだろ。


「魔王殿、ありがとう。さて、そろそろか。総員! 右舷に注目!」


すると全員が一斉に右を向いた。みんなきっちり訓練されてるなぁ……


おっ!? こ、これは……

いきなり海から水柱が立ち昇った。凄まじい勢いだ。雲まで余裕で届きそう。王都で、宮廷魔導士の目の前でこんなことする奴と言えば……


「総員控えよ!」


全員が甲板に片膝を突き頭を下げる。臣下の礼だ。もちろん私もアレクも。コーちゃんはとぐろを巻き、カムイはお座りをする。

やっぱあのおっさんが来たのかよ。リキームさんが予定変更とかって言ったのはこのことだな。


「おもてを上げよ。」


ほらやっぱり。国王だよ。全然着地する音がしなかったぞ。上から来たのか下から来たのかどっちだ? 服だって全然濡れてないし。先王もそうだったけど、この国王も派手な登場が好きだよなぁ。


「お前たち。朝早くから大儀である。ところでどうだカース? 余の船に乗った感想は?」


一応リキームさんをちらりと見る。軽く頷いた。国王の野郎、先に「直答を許す」って言えよ。私はこれでも王家に気を遣う方なんだぞ?


「直答を失礼します。雄大にして頑健、まさに陛下の威容に相応しい御座船かと。」


嘘は言ってない。大きくて頑丈そうだもん。


「はっはっは! お前にしては口が上手くなったな。よいよい。さて、お前たちに渡すものがある。全員立てい!」


一糸乱れぬ動きで宮廷魔導士達が立ち上がる。一瞬遅れて私とアレクも。コーちゃんとカムイは動かない。


「左端、スポイザークから一人ずつこちらに来い。」


「はっ!」


ほぅ……さすがに全員の名前を覚えてるのね。やるじゃん。


「控えずともよい。立っておれ。お前たちにこれを渡そうと思ってな。一人一瓶だ。受け取れ。」


「なっ……へ、陛下御自おんみずから……なんたる栄誉……まことにかたじけのうございます!」


「うむ。スポイザークよ。バルバロッサは甘い土地ではない。四度目となるお前なら身に沁みて分かっていよう。しっかりやってこい。」


「ありがとうございます! この身に代えましても王国への忠義を果たしてみせます!」


「うむ。次、ブラッシャー。来い。」


「はっ!」




マジかよこの国王……二十人もいるのに全員の名前だけでなく、戦歴まで覚えてやがる。そして一人ずつ違う言葉をかけ、時には古傷の具合まで尋ねやがった。これが王の器か。しかも一人ずつ握手までして。


「最後はガスパールか。来い。」


「はっ!」


当然のように兄さんの名前も覚えている。


「お前は今回が初めてだったな。どうだ? 緊張しているか?」


「はっ! 恐れながら、全くしておりません。おそらくバルバロッサに近付くにつれ増してくるのではないかと思っております!」


「そうか。その調子なら先日の傷の影響はなさそうだな。しっかりやってくるがいい。」


「はっ! ありがとうございます!」


「祖父や父を超えようなどと思うな。お前はお前だからな。」


「はっ!」


「だからカースを超えろ。いつの日かな。」


「は、ははぁ!」


このおっさん……ガスパール兄さんを下に見てるわけじゃないけど、私だってそう簡単に抜かれんぞ? キアラは別として……


「ほれカース。お前にはこれをやろう。」


国王がぽいっと何かを投げてきた。ポーションじゃん。


「先日のアレの礼だ。楽しませてもらったぞ?」


「それならよかったです。使いすぎないでくださいね。こちらはありがたくいただきます。」


楽しんだ? 誰と楽しんだんだろうねぇ。王妃とか? あの人もたいがい性欲おばさんだったよなぁ。


「ではお前たち! 行くがいい! 帆を張れ! 碇を上げよ!」


『はっ! 行って参ります!』


宮廷魔導士達の声が揃っている。それから持ち場に着くのかと思えば、船から飛び降りた国王に向かって敬礼をしている。リキームさんだけは他の船員に指示をしている。

ん? 国王から魔力の高まりを感じる……あのおっさん何やってんだ?


『バオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!』


遥か上空から港に、いや王都中に響いたあの声は……


『グガァオ!』


雲を吹き飛ばして姿を現したのは暴風龍テンペスタドラゴン……全長百メイルを超える青紫のドラゴン、ヘルムートだ。国王め、召喚魔法を使いやがったのか。何のために?

おお……朝日に照らされながらゆっくりと降りてきやがる。めちゃくちゃ絵になるじゃないか。生意気にかっこいいな。


「行くぞお前たち! 陛下が龍王を遣わしてくださったぞ! 今こそ出発の時! 船出だ!」


そうリキームさんが言うと……


『グガァアア!』


ヘルムートが、頭で船尾をゆっくりと押し始めた。マジかよ。力の加減とかできるんだ……意外。こいつがちょっと力を入れたらそこら辺の船なんて簡単にバラバラになりそうだよな。おお……速い。帆船は初速が上がりにくいって聞いたことがあるけど、ヘルムートが押せば関係ないのか。もうかなり沖に出てるし。ヘルムートも離れている……船尾に顔を見に行ってやろうと思ったのに。だが、いい風は吹いてる。この風は……ヘルムートの羽ばたきかよ。どこまでも至れり尽くせりだな。


国王ったらえらくサービスがいいよな。宮廷魔導士の士気を高めたり、わざわざヘルムートを召喚したり。それって私に気を遣ってるというよりは王都民に国王の気前の良さや臣下思いの一面をアピールしたって感じだろうか。

おまけに船には魔王が乗ってることも宣伝して王家との関係アピールに使ったりしそう。一個人のために御座船を動かす気風のいい国王とかってさ。

おまけに勲章持ちともなるとそんなことまでしてもらえるんだからお前らも頑張れよ、的な? 平民でも手柄を立てれば乗せてやるからな、といったアピールの一環だったりしそうだよな。どうもうちの王家はイメージ戦略に余念がないからなぁ。


「見てよアレク。もうポルトホーン港があんなに小さいよ。」


「本当ね。次ここに帰ってくるのはいつ頃かしら。それまでは、しばしのお別れね。」


船は進む。海を割って。白波を立てながら。やっぱ旅立ちの瞬間ってのはいいもんだな。南の大陸か、楽しみだな。色々と危険な土地なんだろうけど、どうしてもワクワクしてしまう。ふふ、待ってやがれよ?









◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️

これにて第5章は終わりです。

連載を開始して5年と5ヶ月が経ちました。

ここで区切るつもりはなかったのですが、今話を書いたら区切りたくなってしまったのです。

明日からは第6章が始まります。

どんな話になるか私にも分かりませんが、今後ともご愛読いただけると嬉しいです。


面白いと思われた方は★★★を。

続きを読んでやってもいいぜって思われた方はしおりを。

面白くない、ここが矛盾している、ここの設定が甘いなど思われた方はぜひ感想を。

はたまた、応援してやるぜと思われたならレビューを!

いただけると私が喜びます。


今後ともよろしくお願いいたします。


2023/9/30 暮伊豆

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