2289話 船出の朝

ポーションと魔力ポーションをさらに買えるだけ買った。これだけ買っておけば南の大陸で魔力が回復しなくたって大丈夫だろ。

で、残った金はギルドに預けておいた。ギルドの口座に入金すると一割ほど税が取られるのが嫌なのだが、今回は有り金を全部使っていくと決めたしね。どうせ預けた金は白金貨三枚分ぐらいしか残ってなかったし。それでもかなりの大金だけど。


これで心置きなく出発できるな。準備万端だ。最後にスティード君ちに寄ってからゼマティス家にかーえろっと。だってまだセルジュ君に会ってないもん。




そして翌朝。日の出前に起きて一家全員と朝食。私のためってより明らかにガスパール兄さんのためだよな。南の大陸勤務は数ヶ月って話だし、場合によっては永遠の別れになるかも知れないもんな。


「ガスパール、元気でな。カース君……は問題ないか。」

「強くなって帰ってきなさい。カース君は……大丈夫ね。」


「行ってくるよ父上。母上も元気でね。」


「兄上、お土産楽しみにしてるから。カースもよ!」


「ああ、お前の結婚式までには帰ってこれると思う。マルセル様と仲良くな。」


「皆さんお元気で。王都に帰ってきたらまた顔を出しますね。お姉ちゃんはマルセルによろしく。」


「歳下のくせに呼び捨てなんて生意気ね! 兄上でさえ様付けで呼んでるのに!」


そこは普通平民のくせにって言うべきなんだけどね。そんなお姉ちゃんを無視して馬車は動き出した。窓から手を振る兄さん。私とアレクは軽く頭を下げている。馬車が正門を通過した。


「ねえ兄さん、今回兄さんが南の大陸行きのメンバーに入ってるのって偶然? それとも立候補したとか?」


「もちろん偶然だよ。命令通りに行動してるだけさ。でもまさか名目上とは言えカース君を送り届けることになるとはね。一個人のためにあれを動かすだなんて聞いたことがないよ。」


「国王陛下の気まぐれかな。僕を護衛として使うみたいだし。片道だけだけど。でも宮廷魔導士が一緒に乗ってるんだから必要なくない?」


「たぶん陛下の目的は僕らに刺激を与えることじゃないかな? 確かにカース君がいなくても人数が揃ってれば不可能なほどの難題じゃないしね。でもカース君がどんな方法で魔物を撃退するか、どうやって船を守るか直接見せて学ばせようとなさってる気がするんだよね。」


へぇー……さすが国王。あの時のわずかな時間でここまで考えてたのか。宮廷魔導士の中にはいくらでも熟練者はいるだろうが、私ほど若くて私ほど魔力がある者はいないだろう。だからこそいい刺激になるってことか。


「そう言われたらサボれないね。あんまりキツくない程度に当直を割り当てしてくれたらいいよ。僕だけね。」

「あら、私だって一緒にやるわよ? カースだけに仕事させられないわ。」


アレクにはのんびりして欲しいと思ったのだが……片道だけ護衛すると約束したのは私だけなのだから。


「ははは、仲が良くて羨ましいよ。それがよくあの危険な大陸に行こうなんて思ったね。魔力が回復しないかも知れないのは聞いているよね?」


「うん。だからポーションはかなりどっさり用意してあるよ。魔法がほとんど使えない場所に行ったこともあるしね。逆境には慣れてるつもりだよ。」


魔力が回復しない環境だと、宮廷魔導士達は魔力のマネジメントを学ぶんだろうな。いかに少ない魔力で大きな効果を出すかをさ。まあ普段から心がけてはいるだろうけど。

そりゃあうちの母上並みには無理でも、そこに近付こうとするのは大事だよな。


「そういえばヒイズルでは迷宮ダンジョンに潜ってたんだっけ。僕もいつか行ってみたいなぁ。いい修行になりそうだよね。」


そういやガスパール兄さんは修行マニアだったな。夏休みも冬休みも修行してばっかだったろ。


「兄さんだったら王族用の首輪付けて修行したら効きそうじゃない? やってないの?」


「あれは無理だよー。身動き一つできないって。その代わりあれを着けられても解除できるよう練習はしてあるけどね。」


「やるね。ゼマティス家に抜かりなしだね。」


「ははは、それほどでもないよ。おっ、着いたかな。着いたらまずはマナドーラ様に挨拶しておこうか。」


「宮廷魔導士長の息子さんだっけ。親が偉大だと大変だよね。」


「分からんでもないね。その割にカース君は気楽そうじゃない?」


「親が凄すぎると張り合う気もなくなるからね。」


うちは両親とも凄いからなぁ。


「ははは、カース君の方がすごい気もするけどね。あ、こっちだよ。」


馬車を降りたら少し歩く。まだ薄暗い。夏の朝、まだ少しは涼しいけど今からどんどん暑くなるんだろうなぁ。


おっ、いたいた。今回の使節団の責任者リキームさん。


「おはようございますマナドーラ様。魔王カース殿をお連れしました。」


「おはようございます。あっちに着くまでよろしくお願いします。」

「お願いいたしますわ。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「うむ。おはよう。全ての準備は終わっておる。後は出発するだけなのだが……少々予定が変わってな。とりあえず甲板に上がって待っておいてくれ。後で部屋など案内するゆえな。ガスパールは魔王殿を頼む。」


「はい!」

「分かりました。」


何が変わったんだろうね? 別に構わないけど。


それにしても、近付けば近付くほどでっかい船だよなぁ。私がプレゼントしたドラゴンゾンビの骨を使ったんだっけ。文字通り竜骨じゃん。


『浮身』


「本当はあの縄梯子から登るんだけどアレックスちゃんも一緒だからね。」


今日のアレクの服装は私と同じ。ドラゴンウエストコートにトラウザーズだ。さすがのアレクも船に乗るのにドレスは着ないのね。船内でパーティーでもあれば別だろうけど。


甲板に着陸。おぉ……こんなに高いのか……海面から二十メイル近くあるんじゃない? 左右幅は三十メイルってとこか。でっかいなぁ……野球できないかな? さすがに無理か。

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