2288話 魔王の歌と三人組
いやぁ楽しかったな。何曲歌ったんだろ。他に吟遊詩人が現れなかったから延々と歌い続けてしまったじゃないか。カラオケでマイクを握ったら離さない上司みたいに見えてないだろうな?
『お前ら! 聴いてくれてありがとよ! また会おうぜ!』
拡声の魔道具なんて置いてあるわけない。だから普通に『拡声』の魔法を使っていた。意外だったのはリュートにまで使うことができた点だ。魔力の消費は酷かったけど大音量でたっぷり弾いて歌えたわけだし問題ないね。
よし、アレクを待たせてしまったが私も今から何か飲もう。せっかく酒場に来たんだからな。そんなに腹はへってないけど何かつまむのもいいだろう。
「よう、お前駆け出しか? それにしちゃあいい楽器持ってんじゃねぇか。ルシアんとこの最新モデルかよ」
「誰かの弟子か? それにしちゃあ歌も演奏もお粗末だなぁ」
「悪いがこれも現実だからよ。もっと腕ぇ磨いて出直しな?」
「まあそんなとこだ。駆け出しってよりそもそも吟遊詩人じゃないけどな。下手なのは今日初めてリュートを弾いたんだから勘弁しろよ。明日王都を離れるから、帰ってきたらまた顔出すわ。」
意外に優しい奴らだな。もっと罵声とか文句とか言われると思ったら。
「初めてだぁ? 今まで弾いたこともないくせにいきなりそんな高えリュート買いやがったのか!?」
「貴族……には見えねぇが……どっかの商会のボンボンかぁ? いい女連れてやがるしよぉ……」
「だがノアの曲を歌いやがったのは見どころあるぜ?」
最初の挨拶の時にちゃんと自己紹介したんだけどなぁ。そこは聴いてなかったのか、それともスルーしたか。思いっきり魔王カースって言ったのに。吟遊詩人ノアの曲『魔王の歌』だって私のために作ってくれたって話だし。
「いいリュートだろ。魔王の歌もいい曲だよな。ところで最近ノアさんはどこにいる?」
「知らねーな。半年は見てねーぞ」
「どうせ旅から旅だろ。売れてる吟遊詩人なんてそんなもんだぜ?」
「今はフランティアが景気いいって言ってなかったか?」
あー、なるほどね。やっぱ吟遊詩人も景気のいいところに行くのか。人も金も集まるもんなぁ。ノアの場合はオファーがすごそうなイメージもあるが。
「それより誰か歌わないのか? いい曲にはチップ出すぞ?」
「まだ誰も来てねーよ」
「だからお前がステージに立ってても誰も文句言わなかっただろーが」
「もう二時間もすりゃ誰か来んだろ」
なーんだ。こいつら吟遊詩人じゃないのかよ。ただの耳が肥えた客ってだけか。
さすがに二時間は待てないな。満足したことだし一杯飲んだら帰ろう。
「おう、久しぶり。元気かー?」
「最近どうよ? いい吟遊詩人いっか?」
「ん? あれ? あーーーーーっ! まっ、魔王の兄貴いいいいい!」
ん? 別の客か。私を兄貴と呼ぶこいつらは?
「マジだ! 兄貴じゃないですか! お久しぶりです!」
「魔王の兄貴! 俺ですよ俺!」
「いつ王都に来たんですか!?」
思い出した……お笑い冒険者三人組だ。さすがに名前までは思い出せないが。デビルズホールとかでよく一緒になってたよな。自分より三、四歳ぐらい歳上のむくつけき野郎に兄貴って呼ばれるのは妙な気分だな。エルフの村でもそうだったけど。
「おお、お前らか。元気そうだな。」
「覚えててくれたんですね! ありがとうござす!」
「この店に兄貴が来るなんて珍しいこともあるもんすね! お目当ての吟遊詩人でもいるんすか!?」
「あ、俺らはただ昼飯食いに来ただけですけどね! ちょいと遅めの」
「仕方ねぇなあ。それを聞かれたなら答えてやろう。ちょっと聴いてな。」
いやー仕方ないなぁ。もう帰るところだったのに。お目当ての吟遊詩人なんていないよ。ノアしか知らないし。
ではステージに立って一曲。再び魔王の歌で。
「というわけだ。さっきリュートを買ったもんだから歌いたくなってな。」
「すげぇーー! 魔王の兄貴すげぇーー!」
「リュートまで弾けるってマジ魔王じゃないすか!」
「しかもその曲! ノアの魔王でしょ!? それをご本人が歌うなんてノアが知ったら泣きますよ!?」
えらくいい反応してくれるなぁ。ここの客とは大違いじゃん。でもさすがに騒ついてきたな。こいつらが大声で魔王魔王言ってるから。
「な、なぁお前らさっきから魔王魔王って言ってるけどよ……」
「その兄ちゃんのことなんか……?」
「魔王ってどういう意味よ……?」
「はあ? おっさんら魔王カースさんを知らないってのか!?」
「王都の英雄で勲章持ちの魔王カース兄貴だぞ!?」
「めっちゃ魔王スタイルで決めてんし! 超かっこいいのに!」
ちなみにこの三人組も私みたいな黒いウエストコートを着ている。冒険者がそんなことでいいのか? それとも今は街の中だからか?
どうやらここの客は私のリュートや歌は聴いててもMCや自己紹介は聞いてなかったらしいな。魔王カースだって言ってるのに反応がなくて少し悲しかったんだぞ?
「嘘だろ!? この兄ちゃんが!? あの魔王だってのか!?」
「やべぇよやべぇよ! 俺らめちゃくちゃ正直に言っちまってるよ!」
「お、俺は言ってねーからな!」
騒がしくなってきたな。ならば最後に一曲歌って帰るとするか。前世で私が大好きだった曲でも。
『それじゃあ最後の一曲いくぜ! 聴いてくれよな! お前ら大好きだぜ! 永遠に続くアイラビュー!』
本当は日本語で歌いたいところだが、さすがにそうすると意味が分からんだろうからな。
ふぅ。いい曲だった。やっぱ現代日本の曲は名曲揃いだよな。これで心置きなく旅立てるってもんだ。
『では今日はここまでだ。また王都に帰ってきたら顔出すからな。また会おうぜベイベー!』
アイラビューとかベイベーとか言っても意味は通じないだろうけど別に構わない。私が楽しめることが大事なのだ。
「うおおおおお! 兄貴すげえええ! めっちゃいい曲じゃないすか! 初めて聴きましたよ!」
「誰の曲っすか!? まさかノアの新曲とか!?」
「もっと歌ってくださいよぉ! 兄貴の歌もっと聴きたいっすよお!」
「なんでこの曲だけ上手いんだよ……さっきまであんなに下手だったくせに……」
「リュートもだ。あれだけ辿々しかったくせにこの曲だけ普通に弾きやがった……」
「魔王ってすげえんだな……」
ふふふ。おおむね好評だな。だって元の曲がいいからな。前世ではギターで散々弾いてたがリュートでも同じように弾けるもんだな。あー気持ちいい。この気持ちのまま帰るぜ。そして明日に備えよう。早起きだもんな。
「ほれお前ら、これで飲んでろ。じゃ、またな。」
金貨を一枚弾く。
「いつもあざーーっす!」
「魔王の兄貴っ! さすが!」
「えー! もう帰るんすか!? そりゃないっすよぉー!」
三人組も意見が合うとは限らないのね。
夕方にはまだまだ時間があるけど、もう帰るぞ。少し疲れたしカムイは退屈だって言うし。少しばかり用事も思い出したしね。大したやつじゃないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます