2287話 カース オンステージ

翌日。昼間はゼマティス家を出て王都を散策。一家四人水入らずで過ごして欲しいってこともあるがポーションを追加で買えるだけ買ったりリュートが出来ているか見に行くためでもある。出港は明日の日の出だから今日出来てなかったらしばらく受け取れないもんな。さて、どうだろうか……


以前側近さんに描いてもらった地図を頼りにルシア工房へ。


リュートは……出来ていた!

弦の本数以外は完全にお任せだったのだが、これはかっこいい! ボディはトライフィッド・メイプル製。トレント系ほど大きくないけど猛毒の棘に覆われたそこそこ厄介な魔物だっけ? ある程度数が増えると途端に対処しにくくなるとか聞いたことがある。しかもこれボディとネックがひと塊りの木材から出来てる……スルーネックかよ。なんと贅沢な。普通は別々の木材を組み合わせるジョイントネックなんだっけ? こだわりの六本弦は山羊の魔物ヘイズルンの腸だそうだ。フレットは十三しかないがコードをジャカジャカ鳴らして弾き語りする分にはさほど問題はない。


細かい調整を終え、調弦や整備の方法を習って無事受け取った。やべぇ、まじ嬉しいんだけど。これはもうどこかの酒場で歌うしかないよね。まだ昼前だけど構うことはない。ルシア工房の職人から吟遊詩人が集まる酒場も聞いたことだし。何でもそこは吟遊詩人のギルドみたいな役割もあるらしい。普通は吟遊詩人だろうが商人だろうが名目上は冒険者ギルドに登録しておくものだが、実際はその職業集団ごとにギルド的な集まりがあるってことかな?


アレクも興味深いってことで早速やってきた。第一城壁南東部の酒場バドール。ちょうど昼時だからだろうな。そこそこ混んでる。王都の者もちゃんと昼飯食うんだよな。


さすがに昼間はステージに誰も立ってない。まあステージってよりただの小高い壇って感じだけど。ならば構わんだろう。誰も立ってないんだし。


「カース?」


「ちょっと行ってくるね。食べながら聴いてね。」


ステージに立って気付いた。しまったな……リュートってストラップがない。つまり立ったまま弾き語りができない。熟練者でもない限り。


『水壁』


椅子がなければ作ればいい。ストラップがなければ作ればいい。

どっちを作ろうか迷ったがストラップにした。これでリュートを立って弾けるぜ。


壇上に立つ。誰もこっちを見ない。ちょっとは見ろよ。何を弾こうかな……まずは練習だな。なんせ人生初リュート、前世でも弾いたことないんだから。どれ、軽くストローク……ほぉお……こんな音なのか。クラシックギターのような、いやそれよりも柔らかく暖かい音……いつか聴いた吟遊詩人ノアのリュートはもっとシャープな音だった気がするな。きっとリュートによって違うんだろうなぁ。ボディ素材とか弦にもよるだろうし。あぁでもこの音いいなぁ。べんべん。


「おう! 弾いてばっかじゃなくてさっさと歌えや!」

「見ねえ顔だな! 新人か?」

「ここぁ甘くねえぞ?」


おっ、全然見てないと思ったが聴くのは聴いてたのね。


「まあ待てよ。このリュートついさっき買ったばかりなもんでな。もう少し練習させろよ。」


「はぁ? 練習だぁ!? この野郎その舞台を何だと思ってやがる!」

「吟遊詩人じゃねえのかよ! どこのどいつだオラぁ!」

「歌わねぇならさっさと降りろや!」


「待てって。もう少しだからさ。」


こちとら今日初めてこのリュートを弾くんだぜ? 少しぐらい練習したっていいだろ。そもそもリュート自体が初めてだってのに。分からん奴らだなぁ。でもまぁ、こんなもんにしとくか。

最初の曲は何にしようかなぁ……

あっ! 思い出した! あれにしよう!


『王都の野郎ども! 懐かしいじゃねぇか! 王都で生まれクタナツで育った魔王カースが故郷へ帰ってきたぜ! 今宵は心ゆくまで俺の歌をご堪能しやがれ! なお、現在俺の魔力庫にはかなりの余裕があるからな! 荷物にならないお土産ならばそれはもうたくさん入るんだぜ? 帰る前におひねり忘れるんじゃないぞ? よっしゃあ! そんじゃ聴いてくれ!』


若手ナンバーワン吟遊詩人ノアの丸パクりだ。いつだったか領都で聞いたんだよな。


「おい……あの口上って……」

「どこかで聞いたような……まさか、弟子か?」

「いや、そんな話は聞いてないぞ?」


『一曲目いくぜ! 王都に迫り来る無数の魔物の群れから街を、領民を守り抜いた俺に敬意を表して作られた曲……聴け!』


『魔王』


『王都で知らぬ者ぞ無き

魔道貴族はゼマティス家

聖なる魔女を母に持ち


王都で知らぬ者ぞ無き

好色騎士を父に持つ

その名も高き魔の王カース


溢れる魔力は無 無限大

振るう魔法は天下無敵

ヒュドラ ドラゴン クラーケン


屠った魔物は無尽蔵

魔王の後には更地のみ

肉片一つも残さずに


金貸しカース 魔王カース

クタナツ生まれの下級貴族

無尽のカース 魔王カース

フランティアでは収まらぬ

御目見得カース 魔王カース

王国全土に轟く雷名


龍の装束 身に纏い

若き魔王の行く先は

黒き魔道か

白き覇道か』




うーん。

やっぱいい曲だなぁ。一度聞いただけだから歌詞やメロディに間違いはありそうだが。でも構わん。ガンガン歌おう。やっぱリュートがあると歌いやすいよな。


「魔王の歌だとぉ? ノアの曲じゃねぇか……」

「やはり弟子か?」

「けっ、歌もリュートも下手じゃねぇか。ノアの弟子なわけねえぜ!」


何ぶつぶつ言ってんだよ。文句があるなら言えばいいだろうに。聞く気はないけど。よーし次の曲は何にしようかな。


『次いくぜ! リクエストはないようだから好きに歌わせてもらうぜ! では聴け!』


『剣鬼改め剣神の歌!』


いやぁ楽しいなこれ。新しいリュートって最高。やっぱ自分の楽器があるっていいよなぁ。歌いまくろっと。

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