2156話 ベゼル男爵の判断
じいちゃんも大変だよなぁ。実利を考えればギルドに手を出すのは得策ではない。だが貴族として領地に手を出されて黙っていれば、それはもう負けだ。貴族は引いたら負けって面があるもんなぁ。領内を荒らされて何も報復を行わなければ世間の笑い物だからね。
何とかいいアイデアを出してやりたいが、私が考える程度のことなんか誰でも思いつきそうだしなぁ。一応聞くだけ聞いておくか。
「ベゼル男爵。ギルドがなぜ聖木を狙ったかについては分かってるんですか?」
「いいや! ありゃあ知らされてねえなあ! とにかく枝あ全部奪ってこいって依頼なんだとよお! できるもんなら丸ごと奪うのが理想だったみてえだがよお?」
なるほどねぇ。さすがにあれほどの大木を抜くのは無理だよな。幹をぶった切るのも普通は難しいし。斧か何かで切り倒すには時間が足りなかったんだろうな。てことはあの魔力鞄たら小さいくせに容量かなりすごいってことだよな。聖木を丸ごと収納する予定だったんだろうからな……あ!
「サルーキ狼が持ってた魔力鞄なんですけどかなり高性能ですよね?」
「おお、そりゃあそうだろうぜ!」
「ギルドの組合長なら手に入れるのは容易いもんだと思いますか?」
「まあなあ。金ぇかけりゃあ作れるとは思うぜえ?」
高性能の魔道具は超高いってのが定番だよな。必然的に作れる魔道具職人は限られる。そんな魔道具職人にコネがある人間も。
「アレクサンドル領内で有名な魔道具職人っていますか? もしくはそんな職人と懇意にしてそうな貴族とか。」
「どうなんだあジャンよお? お前詳しいよなあ?」
ジャンポールさんに丸投げかい。
「そうだねえ。やっぱ領都アレクサンドリアのアルケミアル工房が頭に浮かぶかな。公爵家御用達だしね」
「今回の魔力鞄にそのアルケミアル工房の作品だと分かる特徴とかってなかったですか?」
「なかったねえ。まるで職人が工房に秘密で、個人で仕事を受けたみたいに痕跡が消してあったよ。それでも職人のクセみたいなものは出ると思うんだけど、そんなの余程の目利きでないと分からないしね」
なるほど。魔力鞄の線から追いかけるのは難しいってわけね。
「結局アレクサンドル公爵家が怪しいってことになりますかね?」
「そうなるなあ。ちいっ、参ったぜえこりゃあよお! いくら何でも主筋に山あ返すわけにあいかねえなあ。仕方ねえ、ワシが行って穏便に文句言うてくるわあ!」
山を返す。反論するとか言い返すって意味だったっけ? それにしてもこのじいちゃん、えらく普通なんだな。これがクタナツ代官だったら辺境伯が相手だろうが戦争だもんな。さすがにクタナツの人間と一緒にしちゃあだめか。
「それでしたらおじい様、私も同行したいですわ。アレクサンドル家は私から見ても本家筋ですし一度は挨拶に訪れておくべき場所だと思ってますもの。」
うおっ、アレクったらいつの間に……それはそうとアレクが行くなら私も行くけどね。でも大丈夫なのかな? 私は絶対恨まれてると思うんだけどなぁ。
「やめとけえ。お前が来たら魔王も来るだろおが。現当主のアルメネスト様は魔王に対して特に何とも思ってないみたいだけどよお。他のモンがどう思ってるか分かったもんじゃねえ。魔王が王都のアレクサンドル家上屋敷を更地にしたのを知らねえ奴なんざいねえんだからよお?」
そりゃそうだ。でも当主が意外だね。確かあの時のジジイの長男だよな? なのに何とも思ってないの? 単に表に出してないってだけかも知れないけどさ。
「分かりましたわ。それならばやめておきます。ですがおじい様。くれぐれもお気をつけください。ご存知とは思いますが、高位貴族は下級貴族を人間だなんて思ってませんわ。安全にはしっかりとご配慮くださいませ。」
「おお、分かってるわあ。ワシだってまだ死にたかあねえからよお! 使えるもんは何でも使って文句言うてくるぜえ!」
うーん貴族は辛いね。あんな理不尽な真似をされても文句を言うことしかできないとは。いや、普通は文句を言うことすらできないけどさ。そりゃあ確かにアレクサンドル家が黒幕だなんて証拠はないよ? ないけどギルドを動かせてお抱えの魔道具工房まであるんだろ? 怪しさ満点じゃん。あ、そうだ。
「ちょっと話は飛ぶんですけど、それだけ腕のいい工房だったら贋金作りもやってませんかね?」
ジャンポールさんにしか言ってない話だが、この際だから言ってしまおう。たぶんそろそろモーガンが証拠を掴む頃だろうし。
「はあぁ!? 贋金だぁ!? そんなん無理に決まってんだろお!? そらあ宮廷魔導士の仕事だろお!? 誰にも真似できねえって聞いてんぞお!?」
「父上、その件は僕が預かるから大丈夫だよ。だからアレクサンドル家で贋金のことは口にしないでね?」
「それかあ! お前が預かってんなら大丈夫だなあ! 任せるぞお! おおっし! そんなら昼には出発するぜえ! 留守は頼んだからなあ!」
おお、父と子の信頼関係がいいね。
「よかったらアレクサンドリアの外側までお送りしましょうか?」
あっと言う間に着くぜ?
「悪いなあ。そいつはありがてえがよお。誰が見てるか分からねえからよ? 普通に馬ん乗って行くとするぜえ。」
「あぁ、それが無難でしょうね。あ、一つだけ。もし男爵が怪我でもされたらアレクサンドリアは更地にします。もちろんお供の方が怪我をされても同じです。いよいよとなったら魔王がそう言ったことを思い出してくださいね。」
効き目があるかは分からないけどね。
「お、おお……」
「予定通りにお帰りにならなくても同じです。後のことなど一切考えずアレクサンドリア全域を更地にします。だから無事でお帰りくださいね?」
「わ、分かったぞお……」
これだけ言っておけばじいちゃんが言うことにも少しは信憑性が出るだろう。
『や、やめろ! ワシに手え出したら魔王がここを更地にするぞお! そうなったらウチだって困るんだからよお! アレクサンドリアだけじゃねえ! アレクサンドル領全域が終わっちまうだろおが!』
とか言うんだろうか。どちらにせよ無事に帰ってきて欲しいなぁ。同行した方がいいんじゃないかなぁ……心配だわ。
念のためじいちゃんが帰ってくるまでは滞在しようかな。もう二、三日の予定だったけどさ。
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