1969話 狩り

大きな谷を二つ越えて……最初の山……


あれかな?


どうだカムイ? 居そうな気配はあるか?


「ガウガウ」


さすがにまだ分からないのね。上空だもんね。とりあえず頂上付近に着陸しようか。猪系の魔物はあまり頂上にはいないはずだが……




前回立ち寄った頂上はワイバーンのねぐらだったせいか開けており、離着陸に便利そうだったんだけどな。ここは違う。山らしく枝葉が密集しているため、とても着陸しにくそうだなぁ……


『風斬』


だから半径二メイルほど円形にくり抜いた。

さぁて、頂上らしくボスはいないかな。


「ガウガウ」


何か魔物はいたけど逃げたって? あー、もっと静かに来るべきだったか。でも魔物にしては珍しいな。もしかして知能が高いのか?


「ピュイピュイ」


あー、カムイの気配でね。私には分からないけど強者のオーラが出まくりに違いないもんな。ノワールフォレストの森ならいざ知らず、山岳地帯でも通用するとはね。やるじゃん。


「よし、じゃあここからは二手に分かれようか。コーちゃんはカムイに付いててあげて。」


「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


「じゃあ私はカースとね?」


「うん。一緒に行こ。じゃあカムイ、好きな方に行きな。仕留めるか見つけるかしたら遠吠えな。でも、何もなくても昼ぐらいにはここに戻ってこいよ?」


昼飯は一緒に食べようぜ。


「ガウガウ」


カムイが選んだのは南側か。ならば私達は北側へ行こうではないか。野生動物の猪なら昼は起きてるって聞いたことがあるが、魔物の場合は分からないよなぁ。夜の魔物は凶暴化することも多いし、そもそも眠らないって場合もあるもんなぁ。


「カース、なるべく静かに動いた方がいいわよ。猪系の魔物って目はあまりよくないけど耳と鼻はいいらしいから。」


「なるほど。じゃあこうしようか。」


『消音』


周囲から音を消してみた。枯葉や小枝を踏んでも無音だぜ。問題はアレクとコミュニケーションがとれないことだが……


『何かあったら僕に魔法を当ててくれる?」


私には伝言つてごとの魔法があるからな。


頬に軽く風弾が当たった気がする。これもう遠隔ほっぺチューだな。実際には自動防御に阻まれはしたけど。

それにしても極小の威力で放たれる魔法。見事な魔法制御だね。さすがアレク。


私とアレクの距離は十メイル程度。尾根に沿って北側に下っていく。私は尾根の西側を注視し、アレクは東側をチェックしている。




全然見つからない……

普段なら続々と襲ってくるはずの魔物すら現れない。探してる時ってこんなもんだよなぁ。逆に足元から出てくる虫の魔物とか、種を飛ばしてくる花の魔物はそこら辺にいるってのに。

こいつら系が多いってことは普通の魔物はこの尾根をあまり通ってないってことだろうか? つまりカムイの選択が正解? あいつなら匂いでそのぐらい判断できるよな。匂いか……


五感……


『遠見』


これを使えば遠くも見えるし小さい物も見える。単純に視覚を強化しているってだけではないんだろうが見えるものは見える。


ならば……


『嗅覚強化』


そんな魔法があるのかなんて知らないから無理矢理やってみた。

みたけど……


「おおっげえええええぇっぉえっ……」


だめだこりゃ……

臭すぎる……鼻が曲がるどころか腐って落ちそうだ……


アレクが心配そうな目でこっちを見てる。声は聴こえてないはずなのにね。愛だな。


『だ、大丈夫……』


下水を煮詰めたような魔王ポーションでもどうにか飲める私が……匂いだけで吐いてしまうとは……


だってただ臭いだけじゃない……

花の甘い香りや虫の出す匂い。土の匂いに木の香り。それらが一斉に鼻の穴をこじ開けて迫ってきたイメージだ。

おまけに自分が吐いたものの匂いがまた強烈で……そりゃ吐くわ……


『水滴』


水に流して仕切り直しだ。はぁ……きつかった。こんな魔法二度と使わないぞ……


ん? くん、くんくん……


げっ、何も匂わない……


まさか鼻がイカれたの!? 自動防御を一部解いて、そこらの花を鼻に押しつけても……土を拾って嗅いでみても……何の香りも感じない。


マジかよ……


慣れないことはするもんじゃないな……


ん!? 今の魔力は!


アレクか!


『何かいた!?』


くっ、姿が見えない。移動したか。魔力反応は……下か!


『消音解除』


一度尾根まで上がって、アレクがいるであろう東側に下りる。


いた!

何やら追跡しているようだ。急斜面を駆け降りてる!


『風操』


ならば私は上から回り込む。


見えた! 鹿の魔物か! 逃げるなんて珍しい……が……おお、転んだ!?


そして勢いのまま斜面を転落していった。あいつらが転ぶとはますます珍しい……あ! なるほど。すでに一発撃ち込んでたのね。


「アレク、お見事だったね。」


「そうでもないわ。一撃で仕留めきれなかったもの。」


「でもまあ問題ないよね。じゃあ回収してくるから少し待ってて。」


「ええ、悪いわね。少し走っただけなのにもう息があがっちゃって……」


うんうん。無理もないね。斜面を走るのは普段の散歩とは大違いだもんね。私だってすぐ足が止まるってもんだ。




ちなみに鹿の魔物は雌の斑尾駝鹿マブールエルクだった。三メイル超えか。鹿の魔物にしては大物だね。そこそこ美味しいらしいし。


で、こいつって確か厄介な性質があったはずだけど……何だったっけな?

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