1921話 辺境伯家の男たち
こいつは確かダミアンの弟……五男のデルヌモンって言ったか。母親は違うんだっけ?
「許さないならどうする? 俺達を殺そうとしたこいつらを見逃してやれとでも?」
「これ以上暴行を加えることは許さんと言っている。それに、そちらにいらっしゃるのはアレクサンドル家のご令嬢だ。よってこの件は彼女に対する殺人として全員奴隷落ちが妥当だ。後日売却代金を受け取りにくるがよかろう」
ふーん。貴族に対する殺人ときやがったか。殺人未遂なんて生ぬるい罪はないもんな。特に貴族に対しては。
代金は一人金貨十枚ぐらいか。今やコーヒーより安いな。儲かったと言えなくはないが。
「いいだろう。ここは引いておく。だからドストエフス兄貴に言っとけ。小物があんまりチョロチョロするなってよ?」
ムカつく話だが、この場においてはこいつが言うことは一部正論だ。イラつきに任せて目撃者もろとも全員殺してもいいが、そこまでする意味がない。いくらこいつがダミアンとリゼットを襲って白金貨二百枚を奪った関係者かも知れなくても。
「君こそ家族の問題に首を突っ込まない方がいい。長生きしたければな。」
ふぅん、フランティア領全土に関わる跡目問題を家族の問題と言うのか。
「ふっ、こいつらがどこの鉱山に売られたかはきっちり教えてもらうぜ? だから余計なことは考えない方がいい。お前こそ長生きしたいんだろ。」
「当たり前だ。次期辺境伯の身内が法を犯すような真似などするものか。意地汚い平民ごときと一緒にするな。よし、引っ立てろ!」
配下の騎士が奴らの拘束を終えると、デルヌモンは私に背を向けて歩きだした。大物ぶってるなー。石でも投げてやろうか。さすがに小物っぽいかな。
「いやー何か企んでる感ありありだったね。」
「普通に考えればダミアン様のトンネル工事を邪魔するってところかしら? 内部に職人として紛れ込ませて事故でも起こすとか。」
「あり得るね。しかもあいつらの頭の悪さからすると、どう見ても使い捨てだね。てことはあんな奴らがまだまだいるんだろうね。ダミアンも大変だよね。」
話を聞く限りトンネル工事はダミアン主導、グラスクリーク入江への街道敷設は辺境伯本人が主導らしい。つまり、現在の長男ドストエフは閑職か。元々はドストエフがトンネル工事を仕切ってたはずなのに。だからあの手この手でダミアンの足を引っ張ろうとしてるってことか?
「そうみたいね。ドストエフ様もデルヌモン様も焦っているのかしら。このままダミアン様がトンネル工事を完遂してしまったら跡目が確定してしまうものね。」
「辺境伯も大変だよね。あ、でもクタナツのお代官様が現時点では次期辺境伯の第一候補なんだよね。そこら辺ダミアンはどう考えてるんだろうね?」
「さあ? 正直どうでもいいわ。私が知ってるのは……ダミアン様は辺境伯になれなければ死ぬってことぐらいね。そうよねカース?」
「はは、そうだね。僕が殺す約束だもんね。それよりさ、なぜデルヌモンを見逃したの?」
私は普通に法に則って対処しただけのこと。ならばアレクだって法に則った対処も可能だったんだけどなぁ。貴族の論理でね。
「もしかして『お手討ち御免』のこと? 別にどっちでもよかったもの。あいつらごとき生きようが死のうが。カースもそう思ったから引いたんでしょ?」
そう、お手討ち御免。アレクは貴族だからな。それも最上級の。
貴族が街の中で平民や奴隷から不敬な行いをされた場合はその場で相手を殺しても許される。もっとも、本当にやってしまった場合は正当性の有無の検証が結構大変とは聞いているが。
「うん。どうでもよかった。だけどアレクが黙ってたのが気になってさ。」
「たぶんカースが考えてる通りよ? あの場で殺すよりもカースが売却代金を受け取った方が得だと思っただけ。後はそうね……私があの場で異議を申し立てなかったことでデルヌモン様に貸しを作れたわね。」
言われてみれば……私は単に金が儲かることしか考えてなかったぞ……
「そうだね。さすがアレクだよ。ありがとね。」
いつかまたデルヌモンとかち合った時、あの時はこっちが引いてあげた。だから次はそっちの番だと言うことができる。効き目があるかはともかく、こちらが引いてやった事実は間違いないからな。
「どういたしまして。それよりカース、散歩の続きよ。今度はあっちに行くわよ。たぶん行ったことのない道だわ。」
「そうだね。この辺はよく来てたけど、全部歩いてはないもんね。」
ダミアンが跡目をとらないと……私は白金貨四百枚という一生豪遊できる大金を失う。我ながら愚かな投資をしてしまったもんだが……勝てば八百枚。どんだけ豪遊してもなくならないだろうな。
もう少しダミアンに協力してやってもいいかな?
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